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時間は存在しないプロジェクト
固定的な時間軸は存在しない。
個々人の生き方・経験が織りなす多様な時間性といかに付き合うか…

往復書簡List

第1通 (村瀨→小林)【原初の時間】 第2通 (小林→村瀬)【介護の原罪】
第3通 (村瀨→小林)【繰り返し、繰り返す】 第4通 (小林→村瀬)【ブラック日課、ホワイトナース】
第5通 (村瀨→小林)【時間に左右されない安全地帯】 第6通 (小林→村瀬) 【時間を忘れる時間】


 WEB 往復書簡 「追伸:時間は存在しないのか」


 第5通(村瀨→小林)
 【時間に左右されない安全地帯】


小林くんへ

小林くんの「資格の話」を読んでいると、よりあいが小規模多機能ホームの制度に乗らなかった理由が頭に浮かんできた。「通い」を介護保険制度に乗せたけど、「お泊り」は無認可のままにした。

制度というやつは石頭だから、僕たちが抱える生活問題のすべてに対応できるわけじゃない。どうしても、視界から漏れ出る人や問題がある。

そこに応答するか、否か。よりあいという組織や僕たちに問われることになる。無認可事業を維持する意味はそこにあって、「どうする?」と悩み、葛藤しながら関わる領域を手放したくなかった。家族や社会はもとより当事者すら気がついていない問題に敏感でありたかった。

つまり、誰からも頼まれないけれど、必要だと感じたことに自ら応答していく集団であることを課したんです。問われるのは資格でも制度でもない。目の前で起きていることを感じとる肌感覚と、「僕らはどうするのか」と悩む習慣だと思う。

それにしても、エミさんの話し、リアルだなぁ。ある人が頭に浮かぶ。とにかく、じっとしていられない人。茶の間とみんなが集う居間を、せわしなく行ったり来たりする。板の間から畳の間に足を踏み入れると、柄のある畳縁の上しか歩けなくなる人だった。

茶の間からスタスタと歩いて来るのだけど、居間に入った途端、まるで綱渡りをしているようにバランスをとりながら畳縁を歩く。「畳みの縁は踏まない」が作法なのに、縁しか踏めないんだよね。

まあ見事に、みんなと一緒に居られない。凄くパワフルな人でした。僕らも耐え切れなくなって、彼女だけ誘ってよくドライブに出かけたものだ。それからは「いいドライブしましょうね!」が口癖になってしまい、連呼が止まない。その声に耐えられなくなって、また、ドライブする。その煉獄を思い出した。

今思えば、閉ざされた車内で時間と空間の再構成をしていたんだろうね。仕切り直す。あるいは、整える。ということでしょうか。これも歩くと一緒で、ドライブという名の彷徨なんだね。

「歩く」は、ご老体について行く感じだけど、ドライブはそうはいなかい。ハンドルを握っているのは僕だから。「さあ、どこに行こうか」と途方に暮れたものだ。

目的はおろか、行く当てもない。目的があるとすれば、自宅へとお送りする17時まで、なんとか間をもたせること。けれど、それは僕の目的であって、彼女のものではない。

そんな停滞した状態なのに、ハンドルを握りアクセルを踏めば、車はしっかりと前進する。ドライブが幸いなのは、車内といういつもと変わらない空間から、流れる風景を眺められること。車内という固定された場所で、風景も変わらなければ、正気を失ってしまいそうだ。

もしかして、彼女もそうだったんじゃないか。脳病変を原因とする認知症を抱えてしまい、これから先、どのように生きていったらよいのか分からない。今なすべきことすら分からない。何故、私はここに居る? この人たちは誰なのよ?

この風景にたどり着いた軌跡が分からない。居ても立ってもいられないほどの焦りの中に留まり続けている。けれども、車に乗っていると、さも明確な目的があるかのように進んでくれる。停止した私の主体が問われずにすむ。

彼女は時と場を失ったのだと思う。見慣れた風景とそこに流れる時間を失った。これまで依拠してきた、存在しているはずの時空が脆くも崩れ去っていく。

寄る辺を失った彼女にとって「常に同じであること」が頼りになるのは分かる気もする。でも、この常同性とは同じことが起きるのではなく、同じ環境や条件を頼りに定まらない行為を繰り返すことのできる雛型のようなものだろう。

ああ、春夏秋冬に似ているのかも。春は毎年やって来るが、同じ春はない。同じことが巡るという安定が、同じことが起こらないという不安定な日常をちゃんと包摂する。生き物には不安定でいられるための安定した環境が必要な気がする。

だからこそ介護現場はそんな円環的営みをベースにしたほうが良いと思える。それは、過去→現在→未来へと流れ続け、立ち止まることすらできない直線的時間に歩調を合わせないですむ安全地帯ともいえる。

<村瀬孝生>


 第6通(小林→村瀬) 【時間を忘れる時間】


村瀬さんへ

じつはここだけの話、先日コロナがはいこんちょで流行しまして、2階の有料老人ホームで5人が感染しましたが、おかげさまで皆さん重症化せず無事でした。

その時、1階のデイサービスの方も2名感染して、毎日デイを利用しているぐらい在宅生活ギリギリの方達だったんです。たまたま有料の部屋が2部屋空いていたので、2階の有料老人ホームで「お泊り」をしてもらって介護しました。

感動的でしたね。使命感に燃えるはいこんちょ職員は、肩で円陣を組む。互いに頭をつき合わせながら輪のなかで僕は声を張ります。
「ここは、はいこんちょだ!! 僕らが見なくて誰が見る!」「おおおお!!」

……なんて場面はあるはずもなく。家族さんが困っている様子なので、その日の夜勤スタッフにおずおずと相談してみたら、「家族さん大変でしょうから、いいっすよ」と引き受けてくれました。こともなげに。もう一回いいます。こともなげに。

はいこんちょのスタッフはみんなお人よしです。お人よしって社会からはなかなか評価されません。彼らも多くは望んでいないけど。でも、あの「こともなげ」っぷり、ムチャクチャかっこいいんだけどなあ。もっとモテていい。いや僕が知らないだけでプライベートでモテモテかもしれないのですが。

ちなみにはいこんちょも、「通い」は制度を使っていますが、「お泊り」と「訪問」と「住まい」は介護保険外。もともとは「通い」を通してできたご縁をどうにかして繋いでいく方法だから。ちなみに今回も、2階の有料老人ホームは「住まい」のため、「お泊り」としては受けられない……ので、体験入居として受け入れました。

やっている事は全く同じなのに、法律的な建て付けだけは整えないといけない。誰が何いうかわからないご時世。僕らは目の前にいる困った人を助けたくて、制度では受け入れてもらえない人をただただ受け入れただけなんですけどね。

法律からお礼はいわれても法律から文句いわれる筋合いはない気がしますが、そもそも法律って人の生活を守るためにあるんちゃうの? ああ生きにくい。とかくこの世は生きづらい。

こんな調子でジタバタと10何年も続けてきたら、なぜか人前で話す機会をいただくようになりました。なぜ、はいこんちょは「大変な人」を受け入れるのですか?と質問されることがあります。

僕らの会社は、そもそもがベンチャーで、ベンチャーの語源はアドベンチャー。冒険的活動が主な設立趣旨ですから!立ち姿も勇ましく、向かい風に両手を大きく広げて答えます。え?鼻の穴が広がって鼻毛が出てますか?そうですか。

ところがそんな冒険心に溢れたはいこんちょの開設当初、地域のお年寄りは一人も来ません。なぜ?どうして? 理由は簡単で、「デイサービス」の需要はすでにこの地域で足りていたから。

そんな中、ついにやって来てくれた。初の利用者はアキさんでした。アキさんは幻覚妄想が出ていて、有料老人ホームで毎日不安そうに過ごしていて、帰宅願望マックスで大変だからとケアマネさんが紹介してくれました。

次にきてくれたヤイコさんは、息子さんと2人暮らしで他者との関係作りが難しい難聴の方、三番目はセイさん。サービス付き高齢者住宅でナースコール鳴らしまくり、大変で昼間だけでも出かけて欲しいと紹介された要介護5の寝たきりの方。

みんな大変でした。でも来てくれて嬉しかった。そうか。地域に、デイサービスは足りているけど、大変な人を受け入れてくれるデイサービスなら足りていないのか。

それからは満員になっても「大変なお年寄り」は断らずに受け入れるようになりました。僕らの存在意義は「大変なお年寄り」を制度と制度外と知恵と勇気を使いながらちゃんと支えていくことなのです。
とまあ、普段からこんな小生意気な2段落ちの話で答えているのですが、村瀬さんの手紙を読んでショックを受けて気絶しました。(鼻毛も抜けました)

「制度から漏れ出る人に対してどう応答するか」毎回「どうする?」と悩み、葛藤しながら関わる領域を手放したくなかったのかもしれません。

「誰からも頼まれていないけど、必要だと感じたことに自ら応答していく集団であることを課したんです」 「目の前で起きていることを感じとる肌感覚と、『僕らはどうするのか?』と悩む習慣だと思う」
おおお。パワーワードが多すぎて目眩が。格好よすぎませんか?村瀬さんモテますでしょ?

僕なんか、あまりに悩んでいると、しまいには悩んでいることにも悩みがちになります。でもそうか、悩むことには悩まなくていいってことか。日々悩みまくっているけど、それで順調ということか笑。

悩みが1つ減って、無限の悩みを抱える勇気をもらいました。○×∀?????!(悔しい気持ちと感謝の気持ちが日本語の範囲を超えました)

ちなみに、うちの副所長(かみさん)は、介護リーダー達に電話で「触れてみた?」「本人は何ていっている?」「どんなにおい?」「色は?かたちは?量は?」「あなたはどう思うの?」と口癖のように尋ねて対話をしています。

これはきっと「目の前で起きていることを感じ取る肌感覚と、あなたはどうするのか?と悩む習慣や態度を育んでいるんだろうなあって、村瀬さんの文章を読んでいて思いました。

お年寄りの声なき声を聞き取る肌感覚を取り戻す行程……ドライブしているお年寄りに非接触体温計で測定したらそりゃ皮膚は日光に当たっているから体温高く出ちゃいますがな。

それでめっちゃ心配しているスタッフ達にいつもつっこみを入れながら指導育成している姿は、介護職に知恵を授けている和尚さんみたいに見えてきます。決してマリア様ではない笑。

僕みたいに格好をつけないところが売り。以上、最近のはいこんちょでの台風のようなドタバタを文章にぶつけてみました。

悪筆ご勘弁ください。

最後に、よりあいでのドライブケアの話に触れてくれたのも嬉しかったです。

たしかに、ピックさん達とのドライブケアは、ピックさんと私の時間と空間を再構築していると思います。ここがどこでわたしはだれでいまがいつかわからないピックさんは、常に「自宅からはいこんちょ」へ行くまでの途中であり「はいこんちょから自宅」へ行くまでの途中でもあります。

街中をぐるぐるぐるぐる回る。お年寄りが落ち着いてきた頃に、こちらの脳がゆっくりと現実を離れて行きます。常に途中から参加できて始めも終わりもない円環的な時間は介護の世界と馬が合いますね。
人類は脳を肥大化して発展してきました。これ以上肥大化させるとまずいことになるよと、もしかしたら認知症のお年寄りは教えてくれているのかもしれないです。何でもかんでも脳で理解できると思ったら…。

ああ、村瀬さんとやりとりしていると、楽しすぎてすぐ誇大妄想に発展してしまいます。このままだと現実世界に戻れなくなるのでそろそろ筆を置きますね。

小林敏志

三好春樹と行くインド
 生と死を見つめる旅

■ 介護職よ、北欧へ行くより、
 インドへ行こう!

インド路地裏といっても、現地で施設を訪ねるつもりもないし、私の講演があるのでもない。ただカレーを食べ、名所を回りながら、そこに生きている人や牛やサルや犬に出会ってくるという旅だ。寄ってくる物乞いや物売り、路上生活者や野良牛に戸惑って、ホテルのベッドでウーンと考えこんだりする旅である。
おそらくそれは、私たちが介護、あるいは医療や看護という仕事の根拠としていたものを揺るがす体験になるに違いない。インドから帰ると日本で生きるのが楽になる!自由に生きりゃいいんだ、と開き直れるから。日本にない融通無碍、生と死を隠したりしないところ、それに近づきたいんです。