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時間は存在しないプロジェクト
固定的な時間軸は存在しない。
個々人の生き方・経験が織りなす多様な時間性といかに付き合うか…

往復書簡List

第1通 (村瀨→小林)【原初の時間】
 第2通 (小林→村瀬)【介護の原罪】

第3通 (村瀨→小林)【繰り返し、繰り返す】
 第4通 (小林→村瀬)【ブラック日課、ホワイトナース】

第5通 (村瀨→小林)【時間に左右されない安全地帯】
 第6通 (小林→村瀬)【時間を忘れる時間】

第7通 (村瀨→小林)【ずれる】
 第8通 (小林→村瀬)【遅くて 低くて 少ない】


 WEB 往復書簡 「追伸:時間は存在しないのか」


 第7通(村瀨→小林) 【ずれる】


小林くんへ

やっと秋らしくなったね。いや、もう冬なんだけど……。
僕は母の介護をしていて、実家から職場を4時間ほどかけて往復している。その時間はときに苦痛ではあるけれど、ぼ~っとできる時間でもあって、嫌いだったり、好きだったりする。
仕事を終えて実家に帰る時、福岡市内は車が混むんだよね。市街地を抜けると、やっと車がスムースに流れ始めるので、少しほっとする。

最近、高速道路が有料化されて、お金を払いたくない人たちの車が、峠道を走るようになった。それがね~、もう、飛ばすのよ。高速道路じゃないんだから、のんびり走ってくれないかなぁ~と思う今日この頃なのだ。

車間距離もとらないで、前の車をあおるように、みんなが走るから、遠目にみると車列が電車のように見える。夜は赤いテールランプが綺麗な列になる。急いでいるんだよね、みんな。車の性能もいいから、それを可能にする。

僕は、あの列に並びたくない。だから、車道の端っこに車を止めて、みんなを先に行かせるようにした。「お先にどうぞ」ってね。若い頃は、あの車列の中にいて「抜かれてたまるか」といった感じで走っていたのだと思う。
僕だって、よく分からないけど急いでいた。誰からも急かされていないはずなのに、「hurry up」というかけ声が聞こえていた。これは僕がサッカー少年だった頃、プレイ中にチームメイト同士で掛け合っていた言葉。

「急げ、急げ」と今でも聞こえてくることがある。骨の髄まで染みているんだなぁ~と我が身を振り返る。そんなときは、アントニ・ガウディの言葉を自分に言い聞かせる。「神様は急いでおられない」と。

そういえば「スピード感」って言葉もよく使われるよね。国会中継でよく聴いていた。政治家のトップが使う言葉って、あっという間に世間に広がるのだと、ちょっと感心したぐらいだ。だから、僕は「絶対に使わない」って、自分に言い聞かせているのです。

なぜに私たちはスピードを競うのだろう。技能試験ってあるよね。技術系の専門職に課せられる試験。評価の基準には「速さ」が仕込まれている。速くて正確であることを社会は強く望む。
あれって「時間内に終わらせろ、ミスもするな」という完璧さを強要されているようで嫌だ。完璧だと思えることって、偶然の力を借りない限り、人生にほとんどないもの。

その人の体にある時間、あの、不安定な「時」。今、生じちゃってるペースを基にした方が、いい仕事ができるはずなのにね。それは、老人介護において、すでに証明されているのだ(世間は知らないかもしれないけど)。

同じペースの人っていないよね。みんな、ずれている。そのずれを一つにして団結することは、僕らの社会において美徳だった。そうやって生き抜いてきたのだとも思う、ご先祖様たちは。けれども、今に至っては、僕たちを統治するための手段にされている。
介護は一致団結して行う労働には、そぐわない気がする。みんなが、ずれながら、ずれたまま、一緒にいる、関わり合う。そんな、居場所を創っている感じがしている。

先日、職員がこんな話をした。
「入浴の時間ですよ~と、お風呂にお誘いしたんです。すると『それは、あなたが勝手に決めた時間でしょ』って、お年寄りから言い返されました。確かに、そうなんですよね。でも、『も~っ』って思っちゃいます」と。さすがご老体。いい応答だなあ。

ある朝の申し送りで夜勤者が言う。「誰が、夜を寝る時間だと決めたのでしょうか?」と。一晩中、眠らなかった婆様に付き合った後、考え込んだらしい。夜は寝る時間であるという当たり前すぎる常識を揺るがすことができるのは、深い老いとぼけの世界を生きるご老体が適任だと思う。

ご老体が「朝だ」と実感すれば、たとえ夜中であっても、その時空は「朝」になる。観念上の事実より、実感の強さが上回る。その猛烈な実感に直面したときに生まれてくる職員の実感(言葉)が僕の好物なのです。

でも、ご老体は決して僕らを打倒しない。無効にしてしまうだけ。不思議だけど、ご老体の実感には主体が無い気がする。彼らに主体が無いから、僕らは打倒されない。ただ、ただ、ご老体の実感の前に、信じてきたことが崩れ去るだけなんだよね。その時に生じる僕らの実感にも主体が無い。だから僕らは打倒されないとも言える。

感じるって、向こうからやってくるものを受けとることだから。きっと、主体はやってくる側の「何か」に宿っている。主語をももたぬモノにあるのだと思う。

はいこんちょの副施設長さんが、職員の実感をいちいち聞くとのこと。僕たちも、実感を軸に置く申し送りを大切にしている。だから凄く共感する。ひとり、ひとりの実感を統一することはできない。バラバラだったり、ほんの少しずれたりしている。
この、ほんの少しの「ずれ」をなんとなく共有することで、生まれてくる介護がある気がする。そこに在る知性が、僕らを進化させるかもしれないよ。いや、進化と言うより、元々いた場所に還る感じかな。

<村瀬孝生>


 第8通(小林→村瀬) 【遅くて 低くて 少ない】


村瀬さんへ

師走に入り一気に寒くなってきた鹿沼です。デイサービス的にはお年寄りが外に出たがらない時期になってきました。僕もできることなら外に出たくないです。

なぜかアウトドア派に思われますが、めっちゃインドア派です。休みの日は一回も外に出ないこともあります。仕事がなかったら絶対に家の中から出ない気がします。

僕は今、普通二種免許を取りに行っています。僕は運転が得意ではないので、いつもゆっくりのろのろ運転です。だけど教官からは「メリハリの利いた運転」を求められます。
今日も他の車の交通を妨げないようにと言われちゃいました。ゆっくりだからって安全運転ではないと。たしかにそうかもしれんけど、やたら厳しい・・・・・笑。

他の車の交通を妨げないようにするっていうのはようするに、流れに上手に乗れないとダメっていうことですよね、お年寄りが集団行動できないことや日課に乗れないことと似ているなって思いました。教習所のシステムに乗るのも大変だし、運転を段階的に覚えていくのも大変です。

学科は聞いていればいいだけなので、僕はぼうっとするのは得意なので、そんなにつらくないです。これを書いている今は、明日の卒業試験検定のことで頭がいっぱいです。この手紙が届く頃には、卒業試験も二種免許学科試験も受かってホッとしていたらいいな。ああ今日も空が高いなあ。

さて、そろそろ介護の話に戻したいのですが、まだ戻しません。笑。サッカーの話も少し。村瀬さんもサッカーをやっていたのですね。僕も高校までやっていました。「ハーリーアップ!!」よく使っていました。

足が速い、頭の回転が速い、ボールスピードが速い、切り替えが速い、速さには抗いがたい力があります。速く、正確に、ミスなく、全員がプレイするのが理想のサッカーチームかもしれません。
でもそんなチームに僕は魅力を感じない。全員がムダも含めて楽しんでプレイするチームが、そういうロボットみたいなチームに勝つ方法だってあるはず。全員が個性を発揮したプレイでロボットに対抗できれば、引き分けも勝ちなのだ、と思います。

完璧さや速さを求めてくる社会に対して、抗っているお年寄りと、そこに寄り沿っている介護職の構図は、やっぱりいいなあって思います。村瀬さんの言葉だと、ちょっと「ずれたまま」一緒に居る。これは僕がよく使う「違いながらまとまる」に近いのかなって思いました。

はいこんちょのお年寄りはちっともタイミングが合いません。それどころか職員も個性的過ぎてまとまりがありません。その都度そのずれをおもしろがり、誰かが調整に入ってそれなりの所にずれを戻します。ちゃんと戻すと苦しいですがほどほどに修正する。そうやってずれをずれのままずれていることすら気づかずに、ずらしずらずらとずらかります。

ちなみに、はいこんちょには「叩かれ手当て」という手当てが存在します。お年寄りから叩かれたりつねられたり、蹴られたりしたら、誰でも申請すれば1,000円手当てがもらえます。申請するかしないかは叩かれたスタッフの自由です。ルールは申請されたら会社は必ず支払うこと。

叩かれたらお金がもらえる。でも叩かれたい人は1人もいない。でもその叩かれた思いを成仏させる為にお金があります。実はこれお金だけじゃないのです。
申請するとヒヤリハットを書くので、ヒヤリハットを書くことで、みんなが心配してくれます。一緒に対策を考えてくれたりします。自分のことを慰めてくれたり自分のケアを見つめ直したり業務を改善したりする機会になるのです。

だから叩かれ手当ては実はお金を貰えるだけの機能ではないのです。北海道浦河町にある精神障害者のデイケア「べてるの家」で発明された言葉をお借りすると「弱さの情報公開」ってやつです。

お年寄りから叩かれたり蹴られたりするって、痛みより「屈辱」や「恥辱」なんですよね。お年寄りを介護してあげている側の人間を介護してもらっている側の人間が暴力を振るう。

ただね、そこにこそ「はいこんちょの介護の健全性が保たれている証拠」でもあると思うのです。介護しているとだんだん傲慢化してくるのです。これは特定の介護能力の劣る誰かをさしている訳では有りません。
介護する人間なら誰でも陥る通過儀礼なのです。介護が必要な人を介護していたら人間なら誰でも傲慢化してくるのです。

すると、なぜか介護してもらっている側の人間から暴力を振るわれる。その時初めて立ち止まれるのです。介護の根がじゅわっと広がり介護の深みがどばっと出るのです。だって意味不明ですからね。
お礼を言われなくても気にならない介護者はたくさんいると思いますが、介護して叩かれたり蹴られたりするわけですから、頭真っ白になりますよ。普通。

僕も特養時代に入浴介助のリーダーでかっこよく仕事を回していたときに、認知症のみねこさんにいきなり殴られました。「あんた私のことを何だと思っているの」と。

何を言っているのかわけがわかりませんでした。これだけ上手に仕事をこなし、自分で洗えるところは洗ってもらい洗えないとこは洗ってあげて、できるだけ長くお風呂に入れてあげて、外では外介助のスタッフに交代して服を着替えさせてもらいました。

そうです。みねこさんは分業制の入浴介助が「私を大切にしていない」と感じたのです。ロボットのような介護をする僕と分業制の入浴介助という仕組みに怒っていたのでした。
すぐに入浴改革に取り組み、外介助中介助送迎介助という分業をなくし、マンツーマン入浴介助でお迎えからお風呂、上がって帰るまで一人ひとりスタッフがやるように業務改革をしました。入浴委員長の田谷君がね。笑。

僕はドラえもんに相談するのび太みたいに、こんなことがあったと相談しただけで、あとは「マンツーマン入浴に変えよう」と提案しただけで、実際は田谷くんが段取りや手続きやら根回しをして実現してくれました。

そしたらねえ、ベテランおばちゃんスタッフが猛反対。絶対に時間内に終わらなくなると、ものすごい勢いでプレッシャーをかけてきました。田谷君に。笑。
おおっ、やっと時間の話になってきた。

僕らも困りましたが、「とりあえずやってみよう」とお願いして試験的にマンツーマン入浴をやってみることになりました。これ以降、新しい取り組みをする時は必ず「試験的に」という副詞を入れるようになりました。笑。

結果はどうだったか。入浴介助の時間は、速くも遅くもなく、以前と変わらなかったのです。以前と変わらないならお年寄りの満足度の高いほうがいいよね、と業務改善となりました。引き分けは・・・・・・です。お年寄りの暴力は、対抗暴力であり抵抗暴力。

はいこんちょに「自分はすごい」って勘違いしているスタッフがいない理由は、はいこんちょの教育が素晴らしいからでもないし、人間的に素晴らしいスタッフが揃っているからでもありません。ただただ、お年寄りが強いからです。でもお年寄りが強いままで居られる理由は、薬を盛って弱らせたり、縛ったり閉じ込めたり殴り返してボコボコにしていないからです。

お年寄りをかわいそうな存在とせず、強くて逞しくて威張っている存在のまま受け入れているからです。もちろん、危なければ逃げますし、愚痴も言います。相性が合わなければ交代するし、叩かれたスタッフのために集まって対策を考えたりもします。逆に叩かれ手当てを申請せずに我慢するスタッフのほうが正直心配です。

「弱さの情報公開」ができないスタッフのほうが、突然爆発する可能性が高いからです。でも、より強くより速くより多くが評価される社会の要請から生まれて育って生きてきたわけですから、「弱さの情報公開」ができないことが悪いわけではありません。

だから僕らがやっている介護やお年寄りが教えてくれる介護は、正真正銘この世界の時間的脅迫からの逃避であり抵抗なのだなって思います。今回も途中からテンションが上がってしまい、書きたいことの半分も書けませんでした。時間は存在しないのですから、また次回に譲ります。

「この前エムちゃんにエレベーターでめちゃ叩かれたヒヤリハット書いたんですけど、対策どうしたらいいですか?」
「いやいや、最近なぜか俺のこと家族だと思っていて、挨拶しただけでブチ切れてすぐケンカになっちゃうから、なるべく近づかないようにしている俺にコメントする資格ないよ」
「えー、それでも一言、コメントくださいよ」
「んー、じゃあこれ、代筆書いといて」

前頭側頭型認知症の中でも世界トップレベルの問題行動があるエムちゃんを介護してくれていつもありがとうございます。職員が大怪我しないように毎日家族さんと祈っています。引き続き無理のない範囲でどうぞよろしくお願いします。

<小林敏志>

三好春樹と行くインド
 生と死を見つめる旅

■ 介護職よ、北欧へ行くより、
 インドへ行こう!

インド路地裏といっても、現地で施設を訪ねるつもりもないし、私の講演があるのでもない。ただカレーを食べ、名所を回りながら、そこに生きている人や牛やサルや犬に出会ってくるという旅だ。寄ってくる物乞いや物売り、路上生活者や野良牛に戸惑って、ホテルのベッドでウーンと考えこんだりする旅である。
おそらくそれは、私たちが介護、あるいは医療や看護という仕事の根拠としていたものを揺るがす体験になるに違いない。インドから帰ると日本で生きるのが楽になる!自由に生きりゃいいんだ、と開き直れるから。日本にない融通無碍、生と死を隠したりしないところ、それに近づきたいんです。