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介護夜汰話
変えられないものを受け入れる心の静けさを  変えられるものを変えていく勇気を
そしてこの2つを見分ける賢さを

「投降のススメ」
経済優先、いじめ蔓延の日本社会よ / 君たちは包囲されている / 悪業非道を悔いて投降する者は /  経済よりいのち、弱者最優先の / 介護の現場に集合せよ
 (三好春樹)

「武漢日記」より
「一つの国が文明国家であるかどうかの基準は、高層ビルが多いとか、クルマが疾走しているとか、武器が進んでいるとか、軍隊が強いとか、科学技術が発達しているとか、芸術が多彩とか、さらに、派手なイベントができるとか、花火が豪華絢爛とか、おカネの力で世界を豪遊し、世界中のものを買いあさるとか、決してそうしたことがすべてではない。基準はただ一つしかない、それは弱者に接する態度である」
 (方方)

 介護夜汰話



List

介護夜駄話 フーコーから介護世界が見えてきた
介護夜駄話 流れに逆らう根拠
介護夜駄話 大井シゲの「福の神」
介護夜駄話 江藤淳の自死について ~決して強さとは言いたくないね~
地下水脈 最終回 「介護の時代」のほんとうの意味
地下水脈 地下水脈 遊びリテーションは近代を越える〈下〉
地下水脈 久しぶりに映画を観た
地下水脈 遊びリテーションは近代を越える〈上〉
地下水脈 チューブ外しとアインシュタイン
地下水脈 国は滅びても商売は残る
地下水脈 羊飼いの使命感 icon

1999 ~ 1998
1999.12月 介護夜駄話 フーコーから介護世界が見えてきた

客人 11月も忙しかったようだな。

三好 秋田に2日いて沖縄、宮古島、石垣島と、久しぶりに6泊のツアーだった。

客人 今年を振り返って何か一言。

三好 1988年に広島でオムツ外し学会を開いたときは、夢が実現した!と思ったものだ。それが今年は北は稚内で10月に、11月は石垣島でと、北と南の果てでオムツ外し学会を開けたなんて感激ものだよ。

客人 もう行くところがなくなったな(笑)。

三好 石垣よりもっと西の西表でどうだという話はある。北から南まで、一文になるわけでもないのに学会を開くため、いいケアのために活動してくれる人がいっぱいいるというのがありがたい。

客人 来年の抱負は?まさか樺太と台湾で、なんて言わないだろうな。

三好 抱負なんてないよ。俺はもうピークは過ぎたから、あとは下り坂を重力に逆らわないでちゃんと下っていこうと思ってる。

客人 なにを気弱なことを。まだ君に期待してる現場はいっぱいあるぜ。

三好 50歳にもなって「いつまでも前向きに、若々しく」なんて気持ち悪いじゃないか。「年相応」でいいよ。

客人 でも「いつまでも若々しく」なんてのが高齢社会のスローガンみたいになってるぜ。

三好 そりゃ、老いに対する恐怖感の表れだよ。老いと向き合いたくないんだな。

客人 誰だって年とりゃ近代的主体が崩壊するんだけど、それを認めたくないんだろうか。

三好 秋田でも沖縄でもこんな話を聞いた。特養ホームに個室がいくつかあるんだが、老人はそこに入りたがらないというんだ。「さみしいから4人部屋に入れてくれ」と訴える。家族も怒ってくるそうだ。「なんでうちの婆さんだけ1人ぼっちにするんだ」と言って。

客人 都会では完全に個室指向だけどな。

三好 でもプライバシーばかりを気にする近代的主体なんて老化と共に崩壊するから、都会でも個室は「独房」になるだけだよ。いま関わってる新設予定の特養も、全室個室の壁を取り外しできるよう変更するのに苦労したものさ。

客人 秋田県といえば全室個室を売り物にしてる有名な施設があるじゃないか。

三好 うん。行ったことはないけど、とても老人のニーズでつくったとは思えない。進歩的ジャーナリストや評論家がアドバイザーなんかになって、老人のニーズより自分たちの理念を大事にしてつくった結果だよ。

客人 その理念が“近代的主体よ、永遠なれ”というものだな。

三好 そう。老いても死ぬまで“主体”であることを強制する。一種の近代の暴力だね、、これは。

客人 そうか。毎月ミッシェル・フーコーの勉強会をやっていると聞いたけど、その理由がわかってきたよ。フーコーは、“近代的主体¨は近代がつくりあげた幻想だと言ってるものな。

三好 そう。テキストとして使っている「フーコー・知と権力」(講談社)は、フーコー関連書としてはわかりやすいと評判だが、それでも我々には難解。でも印象に残る文章がいくつもあったのでその一部を挙げておく。

人間はすばらしい、人間ばんざい、人間らしくあれ、われらの社会は、人間に関するあらゆるスローガンに満ちている。だが、そのすばらしい人間が、なぜ、戦争で大量殺戮をし、強制収容所で虐殺をし、拷問をするのだろうか。

人はそれを機械のせいにし、制度のせいにするが、人間という存在がこの機械を作り、制度を生み出してきたのではないだろうか。人間はすばらしい存在だとしながら、ヒューマニズムは、異なる生き物の運命には無関心ではないのか。ヒューマニズムという人間中心主義は、自然環境の破壊を肯定し続けてきたのではないのか。

近代のすべての学問の中心に「人間」という価値がインプットされ、自然界のなかで、「支配者としての人間」を中心とする傲慢な思想が生み出されてきたのではないか。そして、現在の野蛮な状況は、その「人間」によって、人間の近代的理性によって生み出されたものではなかったのか。

われわれは、他者との関係の網目のなかに生きているのであって、時代や社会関係に応じて「自己」は、そのつど作りあげられているにすぎない。普遍的で固有な「自己」という名前の主体は存在しないのだ。「なにものにも依存せず自立した主体」などというものは存在しない。

われわれは、いかなる時でも、生きている時代や属している社会の無意識的な構造(儀礼、慣習、イデオロギー)によって、あるいは社会関係、人間関係によって規定されたうえで判断を下し、行動しているのだ。日本でも、ドイツでもフランスでも、「お前はどうするのだ」という告白を迫ったのも、そうした最後の「主体」信仰のなせるわざだったといっていい。

社会関係のなかに人が存在して、そのなかで動かされていることを認めず、自律的な存在として自分をコントロールできると思い込むことは、他人をも簡単にコントロールできると思い込むことにつながる。

全体主義というのは、そうした自己コントロールの思想の延長上にあると考えるべきである。自己開発だの、自己啓発だのという心理的コントロールが、全体主義的テクニックだというのは、そういう意味である。  「フーコー・知と権力」(講談社)より抜粋


客人 そうか。“自立した個人”といった主体万能論が全体主義とつなかっていたんだ。どおりで「人権」を叫ぶ人たちがどうしてあんなに強迫的なのか不思議だったのだが、全体主義と通底していたんだな。

三好 フーコーの勉強会は、「人間という概念の崩壊」から「権力と処罰」、さらに「牧人権力」というところへ入っていく。君も来てみないか。

客人 そりゃおもしろそうだけど、難しそうだもんな。構造主義でもっとわかりやすい本があったら紹介してくれよ。

三好 じゃ季節にぴったしの本を1冊。『サンタクロースの秘密』(せりか書房2,000円)はどうだい。レヴイ=ストロースの「火あぶりにされたサンタクロース」に、訳者でもある中沢新一が「幸福の贈与」という解説文を加えて1冊の本にしたものだ。

じつは1951年のクリスマスに、サンタクロース(の人形)が火刑にあっている。カソリック教会が、アメリカナイズされた商業主義だとしてサンタクロースを異端だと審判し“火刑”にしたのだそうだ。にもかかわらず、サンタクロースが全世界に急速に広まったのはなぜか、ということを論じた本なんだ。これで構造主義がわかるわけじゃないけど、これは優れた「子ども論」であり「贈与論」だよ。

  サンタクロースの秘密  フーコー・知と権力

客人 ということは「子ども論」を「老人論」に、「贈与論」を「介護論」に置き換えて読めということなんだろうな。

三好 そう。介護保険なんかで語られているのとはまったく違ったところから、老いと介護の意味が見えてくるかもしれんよ。

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「サンタクロースの秘密」
著者:クロード・レヴィ=ストロース
版型:四六判・112頁
定価:2,000円+税
発行:せりか書房

「フーコー・知と権力」
著者:桜井哲夫
版型:A5判・340頁
定価:2,524円十税
発行:講談社
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1999.11月 介護夜駄話 流れに逆らう根拠

客人 介護保険の施行が近いということで、新聞もテレビも介護問題を大々的に取り上げているけど、老人福祉月間もあったというのに、君にはどこからも声はかからないんだな。

三好 そうでもないんだけど、4日後にスタジオに来いなんて話じゃとても無理だよ。それに介護保険についてのこちらの話は現場向けのオフレコの内容ばかりだからテレビには出せないだろう。

客人 そりゃそうだな。「客観的に評価するな。ニーズで評価しろ」とか「介護拒否で認定額が上がるぞ」なんて話だもんな。

三好「認定作業ができることが介護だと思ってるヤツがいる。あんなのは保険の査定屋でしかない。しかもコンピュータの使い走り」とか、「MDSは”問題だらけ、センスなし”の略だ」なんてことも言ってるからなあ。

客人 なんでそんな憎まれ口ばかりをたたくんだね(笑)。

三好 だって介護を巡る今の流れはすごいもんだよ。アメリカの会社と提携した企業が訪問介護の会社のフランチャイズを募集して、説明会に人が押しかけてる様子をNHKの特集番組でやってただろう。

客人 ああ。最後に訪問を受けているお婆さんが、毎日何人ものケアスタッフが入れ替わりでオムツ交換に来るんで「名前も覚えられなくて…」と笑ってたな。

三好 「介護の社会化」それ自体はいいスローガンだが、実は介護の「企業化」「マニュアル化」へと急速に向かっているんだよな。

客人 でも考えてみりゃしょうがないよな。社会なんてとっくに企業社会化、マニュアル社会化してるんだものな。でもその歯止めとしてNPOがあるんだろう。

三好 でも大部分のNPOは「ケアを知らないNPO」だから、形態だけは企業化を免れても、ケアの中身となると結局大企業のつくったマニュアルを追っかけるしかないだろうと俺は見ている。ある民間会社に勤めていたヘルパーの話だが、訪問に行ったケースのオムツを換えようとして肛門をのぞくと、肛門括約筋が開いていた。つまり排便反射が起きているんだ。

そこですぐにトイレに誘導して座ってもらうとちゃんと便が出たというんだ。でもそれで時間が余分にかかって会社に帰るのが遅れたらしい。訳を話したら、誉めてくれるかと思ったら「あなたの仕事はオムツ交換だから、トイレに座らせちゃいけない」と叱られたというんだよ。彼女はすぐにそこを辞めたというけどね。

客人 そりゃひどいな。ケアを知らない。

三好 そこだって、民間会社とはいえちゃんとした理念をもってるところで、代表は講演なんかしてるんだぜ。

  photo

客人『まちの雑誌』の連載で君が2号と3号に「よい施設の見分け方」を書いていたけど、東京都の特養で全員特殊浴槽に入れてるなんてところがあるとのことだが、施設だってケアを知らないところがあるんだものな。

三好 歩ける老人は自分で着物と靴を脱いでストレッチャーに横になってる。呆けてる人はストレッチャーの上で動くからというので、ひもで身体を縛って風呂に入れているそうだよ。これじや、寝たきりは寝たきりのまま、寝たきりでない人まで寝たきりにするというとんでもないケアだ。

客人 で、施設のパンフレットには「やさしさとまごころ」なんて書いてあったりするんだよな(笑)。

三好 そのとおり。この施設も住民運動がつくったとかいって、その代表は有名な人だというんだからあきれちまう。こうした市民運動とか住民運動をやってるおばさんたちは「老人問題」には興味をもっても「老人介護」には興味を示さない連中なんだ。だからこんなことになる。

客人 そんな人に限って「人権を守れ」なんて言うんだよな。

三好 そう。俺は「人権」を声高に叫ぶ人がどうして「プライバシー」と「言葉使い」しか言わないのか不思議でたまらない(笑)。それは「人権」というものの表面をなぞってるだけだよ。どんな入浴ケアをするのか、どんな排泄ケアをするのか、どんな生活づくり、関係づくりをするのかこそが「人権」じゃないか。
でも彼らはそういった具体的な内容を何も提案できないから、「プライバシー」と「言葉使い」しか言えないのさ。だいたい「人権」と言う人は入浴ケアや排泄ケアなんかしないもんな。

客人 しててもすぐに大学の先生なんかに出世してる。

三好 いや成り下がってるんだよ。介護現場じゃ誰も相手にしてくれないから、弱い立場の学生なら影響力を与えられるだろうと考えているんじゃないの。かくして、またまた、介護を知らない介護福祉士なんてのが大量につくられる。

客人 介護がこんなに語られているのに、どこにも介護がないという皮肉な時代になりつつあるというわけか。

三好 ヘルパー養成講座なんてのもひどいもんだ。食事ケアというとすぐにスプーンで食べさせるやり方を教えるんだから。「介助しなくてもいい方法」を教えなくちゃいけないんだ。「老人が1人で食べるための工夫を10考えなさい」なんて教え方こそケアの教育のはずだよ。

客人 排泄ケアというといきなりオムツの当て方だもんな。三好「オムツをしなくていい工夫を10考えなさい」という教育が必要なんだ。現場はそんなことを毎日のようにやってきている。その個別的でマニュアル化なんかできない工夫のおもしろさのわからないヤツが先生に成り下かってないか。

客人 また憎まれ口だな。介護保険に立ち向かうドンキホーテみたいでいいけどな。

三好 おい、サンチョパンサ、後に続け(笑)。

1999.10月 介護夜駄話 大井シゲの「福の神」

客人 先月号の江藤淳の自死についての話はおもしろかった。こんなことを話題にできるのもブリコラージュがちゃんとした雑誌じゃないおかげだよ。

三好 ちゃんとしてないとは聞き捨てならんな。デザイナーの石原さんのおかげで立派にリニューアルしたじゃないか。表紙だって『ブルータス』か『サライ』とまちがえそうだ。

客人 それは認める。でもたとえば『月刊総合ケア』や『おはよう21』じゃこんな話は出てこないだろう。ついでにブリコラージュでしかできない君のプライバシーについて聞いてみよう。今年の夏は広島へ帰ったそうだが、恒例の車イス阿波踊りにも行ったのかい?

三好 行った。でも今年はボランティアとしてじゃなくて家族6人で観覧席で応援するという形の参加だった。一度阿波踊りの雰囲気を味あわせたかったんでね。

客人 踊ってるのと、見てるのとじゃ違いがあったかね。

三好 初めていろんな連(グループ)の踊りを通して見たんだけどある発見があったね。おっと思わず引き込まれる連というのがあるんだがそんな連には共通した特徴があるんだ。一見してヤクザばかりじゃないかというようなグループとか、暴走族の兄ちゃん、姉ちゃんのグループなんてのが魅力的なんだよね。

客人 なんとなくわかるような気がするな。

三好 迫力とか踊りにかける意気込みみたいなものが違うんだよね。自己主張があるんだ。

客人 非行や暴走に向かうエネルギーを踊りにぶつけてるんだな。

三好 そう。古くからあるいい祭りというのはそうした連中を取り込むだけの魅力があるんだと思う。

客人 博多の山笠なんかもそうだよ。ふだんは社会ののけ者や役立たずがここぞとばかりに張り切って回りから拍手を受ける。

三好 熊本のボシタ祭りもすごいよ。何か月も前から練習して祭りの当日は早朝から夜まで馬を引きずり回して踊り歩く。9月15日が祭りなんだけど、毎年のように暴れる馬に蹴られて頚部骨折する老人が出る。とんだ敬老の日だ(笑)。でも茶髪の姉ちゃんも老人もみな特有のリズムで踊りまくる。

客人 昔の祭りはそうした社会の不適応者たちを、年に一度共同体の中に迎え入れてやるという機能を持っていたんだろうな。祭りという非日常によって秩序を壊すことで、日常の秩序を守ろうとしたんだろうな。

三好 それに比べると新しくつくられた祭りはまったくダメだな。そういう知恵を持ってないから魅力も何にもない。私の地元、広島のフラワーフェスティバルなんて、明るくて整然としていて、はぐれ者を取り込む力なんて少しもないね。

客人 札幌の「YOSAKOIソーラン祭り」もあまりおもしろくなかったなあ。

三好 老人施設の行事もそんな魅力が必要だと思うんだよね。日頃「問題老人」なんて言われている老人が夢中になってみんなから拍手を受けるような¨祭り¨がね。

客人 なるほど、そう結びつくか。

  挿入写真

三好「遊びと人間」を書いた哲学者のカイヨワは、遊びの要素を4つ挙げている。「競争」と「運」、それに「めまい」と「仮装」の4つだ。この本で俺が一番感心して納得したのは、仮装、つまり演劇とか祭りでお面をつけたりする遊びは、ほっとくと犯罪や暴力に走るタイプに適応があるというところだ。つまり、仮装という遊びによって、そいつの持っている反社会性を抑止する機能を持っているというんだ。

客人 元演劇部の君としては思い当たるところがあるだろう。

三好 あるある。カイヨワはどこでこんなことを発見したんだろう。特養ホームの問題老人だった大井シゲはボスとして君臨して回りから嫌がられてたけど、節分の時に面をつけて鬼や福の神の役をやらせると喜々として演じて、しばらくは機嫌がよかったのを覚えているよ。どこかに人から注目されたいとか、自分以外のものになりたいという願望があるんだろうな。

客人「めまい」はどんなタイプにいいんだね?

三好 カイヨワによれば、輪になって踊ったりするのは、放っておくとヒステリーになるタイプだと言っている。これも当たってるなあ。俺は生活指導員の時に、ヒステリータイプの婆さんに芝居の主役をやらせようとして失敗したことがある。前夜から体調をこわしたといって出てこなかった。あの婆さんは今思うとヒステリーになるタイプだから、もっと単純な動きのある遊びを用意すべきだったことになる。

客人 そうか。よく老人ホームごと演劇をやってるなんて実践が紹介されたりして感心してたんだけど、演劇なんてのが合う老人と合わない老人がいるんだな。

三好 そう。ダンスでイキイキしてストレスを発散する人もいれば、芝居をすることで充実感を得る人もいる。反対に、ダンスが苦痛だったり、芝居がストレスになる人もいるはずだ。1つの施設みんなで1つのことをやってるなんてのは考えものだよな。

客人 やっと出た『遊びリテーション学』(雲母書房刊)の中にも「めまい」や「仮装」の要素がたくさん入ってるよな。

三好「めまい」はもちろんだけどスゴロクで誰かに変身したり罰ゲームで何かを演じたりという形で「仮装」もあるね。こうした昔の人が持っていた共同体秩序を守るための祭りの中にある知恵を老人ケアに生かしたいもんだ。

客人 いつから秩序を守る側になったんだろうね(笑)。

1999.09月 介護夜駄話 江藤淳の自死について
    ~決して強さとは言いたくないね~

客人 今日は江藤淳の自死について聞こうと思ってきた。

三好 そうくると思った。君は江藤の代表作「成熟と喪失」が気に入っていたものな。でも俺は彼の熱心な読者というわけではなかったから、その思想も人柄もそれほど知ってはいない。だから、少し距離を置いた場所からの発言でよければ語ってみたい。

客人 いいとも。

三好 まず、遺書で脳梗塞になった自分を「形骸(ぬけがら)」と表現しているのが俺にはどうしてもひっかかる。 5年前にも梗塞があって今度が2回めらしい。右マヒか左マヒかはどこにも記されていないけれど、「文藝春秋」9月号の姪の書かれた文章から推測すると、どうも右マヒのようだ。意識もあって歩行が少しおぼつかなかったというんだけど、多くの脳卒中後遺症者と関わっている者としては「形骸」にはあえてひっかかりたいなあ。

客人 コトバや理念に生きた者にとっては、軽いマヒとはいえ、その落差が大きすぎたんだろうな。お前も本を書いてるくらいだからその気持ちはわかるんじゃないかね。

三好 うーん。確かに文章というのはどこか、いいカッコするところはあるけどなあ。でも自分の理念のために身体のほうを“処決”するというのは、他人にもそれを強要することにつながるような気がして、少なくとも“潔し”とする気はないなあ。

客人 彼は保守の論客だったけど、そういう意味ではマルクス主義と同じような体質をもっていたということになるのかな。

三好 左右を問わずインテリの弱さじゃないかなあ。決して強さとは言いたくないね。強さというなら、障害をもって生きているこれまで会った大勢の老人のほうが強いと思うもの。

客人 そうか、老人介護の現場の人間にはそういう判断基準があるか。僕なんかは、あの遺書の「……江藤淳は形骸に過ぎず。自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よ、これを諒とせられよ」という文を読むと、思わず「諒」と言いたくなってしまうけど。でも君の中にも江藤淳的な部分はあるだろう。

三好 あるね。同じ状況になったらどうするかはわからん。でも願望を言わせてもらえば、「老化は進み、以降物忘れや失禁で回りに多大の迷惑をかけ、老醜をさらして生きていくこととなると思う。乞う、諸君よ、それを諒とせられよ」と書いて筆を置く、というふうにいきたいものだ。

   三好春樹

客人 老いや障害を肯定しようとしてきた君らしい言い方だな。だが自分の老いや障害となるとどうかな。

三好 その辺りを「文學界」(文藝春秋発行)9月号の吉本隆明の追悼文がさすがにうまく書いていた。吉本は、自分なら自殺しないとは確信できない、しかし、自殺するとも言えない、と書いている。
江藤はそのあいまいさを嫌って最後まで自己決定したがったのではないか、という主旨だったように思う。俺なら「江藤淳」は[形骸]でも、本名の「江頭淳夫」で生きていけばよかったじゃないか、と思うけど、彼はやはり「江藤淳」でしか生きられなかったんだろうな。回帰できなかったんだと思うよ。

客人 文章で表現するということのなかにはそういう退路を断つみたいなものがあるんじゃないかなあ。文章だけじゃなくて芸術とか、芸人の芸なんかにも。

三好 人間にとって表現って何なのかと考えさせられるよなあ。

客人 文芸誌が追悼特集を次々に出しているけど、そのなかで印象に残ったものがあれば最後に挙げてほしい。

三好 前出の「文學界」の吉本隆明よりおもしろかったのが、同じ雑誌に載った西部邁の追悼文だ。「自死は精神の自然である」と題されていて、江藤の死を「諒」としているかに見えるが、内容はかなり辛らつなものだ。「喪失ゆえの弱さを克服して成熟せよ」という江藤に対して西部は「喪失そのものが成熟である、ととらえる精神の回路」が必要だと言うんだ。刺激的だよ。

客人 「妻と私」それに遺筆となった「幼年期」は読んだかね。

三好 読んだ。でもいずれも俺はピンとこなかったね。論理と意志の力で評論し発言してきた人がなんでこんな私的なことを書かなきゃいけなかったのか、という戸惑いを覚えたなあ。

客人 それは僕も同感だ。上流家庭に生まれたエリートに対する反発みたいなものまで感じるんだよ。

三好 西部の批判にもそんなところがあるのかもしれない。西部の論は一歩問違うと「正義のために積極的に死ね」なんてことになりそうな恐さがあって是とはしにくいけれど、なんとなく共感したのはそこだったのかなあ。下流階級としては(笑)。
なんで「幼年期」なのか、と思うに、論理と意志の力でやってきたと思ってきたけれど、じつはそれは宿命だったんじゃないか、と思い始めたんじゃないかな。それは江藤淳にとっては自己否定だよね。俺は吉本と西部がどう老いを迎えていくのかに興味があるなあ。

客人 俺はお前の老い方に興味があるけどね。

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江藤 淳
本名・江頭淳夫。昭和7年12月25日東京生まれ。慶応大学在学中から文芸評論を書き始める。『夏目漱石』が有名だが、文学の世界のみならず、世相全般に対しても積極的に発言してきた文芸評論家。7月21日、自宅にて自死。享年66歳。
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1999.08-7月 地下水脈 最終回 「介護の時代」のほんとうの意味

「介護の時代」と言われ始めている。新聞やテレビが介護保険の問題を取りあげない日がないくらいだし、書店には介護関係の本がズラリと並ぶようになった。ヘルパー養成講座の受講者を募集すれば、テキスト代と諸費用を入れると10万円近くもかかるというのに、若い人から定年を過ぎた人まで申し込みがくる、そんな時代になった。

介護の専門職を養成する学校も続々新設されているし、介護保険の施行に伴って必要になるケアマネジャーの試験には、看護婦や理学療法士といった専門職はもちろん、医師までが殺到した。どうしてこんなに介護が注目され、介護に関わる人が必要とされるようになったのか。高齢社会が到来し、老人、特に寝たきりや痴呆性老人が増えてきたし、これからも増えるから、と説明されている。

たしかにそのとおりである。しかし、ではなぜ医師や看護婦、保健婦といった従来の専門職を増やすというやり方をとらないのだろうか。医師の数はすでに過剰になっているし、看護婦は毎年のように大量の資格者を送りだしている。保健婦も市町村にはほぽ配置されており、保健所ではむしろ整理統合で余っているくらいである。

新たに学校をつくって設備を整え、教官をそろえるよりも、今ある専門職を増やしたり活用したりするほうがはるかに効率がいいはずなのに、それをしないで、なぜわざわざ“介護福祉士”や、1級から3級までのヘルパーを養成しようとするのか。

じつはここには、高齢者が増えて、看護、介護するものの人手が足りない、という単なる数の問題では捉えきれない問題が起こっているのだ。その問題とは、医師、看護婦を中心とした医療・看護という専門家によっては、現代の老人と家族が抱えている問題を解決できなかったことなのである。いや、解決するどころか、問題をつくりだし、その問題をもっと難しくしてきたのだと言っていい。

かつて私は「病院の専門職が寝たきりと呆けをつくりだしている。だからシロウトの介護職こそが寝たきりを起こし、呆けを落ちつかせよう」と訴えて、同業の理学療法士をはじめ、医師や看護婦から猛反発を受けたものである。「あいつは医療職のくせに病院の悪口を言っている」「理学療法士の専門性を否定するつもりか」などなど。

しかし、それから15年たって、世の中の認識は大きく変わってきた。従来の専門性の限界と弊害について、老人を入院させた家族の側からだけではなく、医療の内部からも批判と反省の声があがるようになってきた。そもそも既得権を守ることには異常に熱心な医師会や看護協会が、新しい「介護福祉士」といった資格制度の新設を認めざるをえなくなり、医師や看護職がケアマネジャーの試験にまで殺到することが、そのことの一つの表れでもある。

ではなぜ従来の専門性が、高齢社会と呼ばれる現代の人々のニーズに適応できなくなり、逆に寝たきりや呆けをつくり出すに至って結果的に「介護」の台頭を許すことになってしまったのか。その最大の原因は皮肉なことにも近代医療の発達なのである。そもそも病院のはじまりは野戦病院である。

抗生物質のない時代に、病人とケガ人は、感染の予防も治療もできず、死に至った。医師にできることはわずかの治療、それも現在では全く効果はないことが判明している“治療”だけであった。しかし看護には有効な方法があった。安静を保ち、栄養を捕給することである。安静と栄養と、“治療”を受けたという暗示によって、回復力のある運のいい若い患者は治癒することができた。

だから看護職は、安静の技術を持っていればよかった。栄養を補給することを考えればよかった。だから、いまだに老人に鼻からチューブで栄養を入れようとし、そのチューブを抜いてしまうから、と手を縛って安静を強制してしまうのだが、そういった方法論のみならず問題なのは、医師、看護職の頭の中に「安静を必要とする病人」というイメージが固定されてしまったことにある。

医師、看護職が対象とするのは「病人」なのだ。そんなことは当たり前ではないか、と思うかもしれないが、人間を〈元気ー病気〉という2種類に分類して見てしまうまなざしが動かしがたくできあかってしまったのである。この、人間を〈元気ー病気〉という二元論で見るまなざしは、医療、看護教育の中で強化され体系化されるに至る。

生か死かが問われる野戦病院や、かつての結核療養所ではこの二元論は通用した。〈病気〉の人を戦闘や日常の労働から解放して安静を保障することで、〈元気〉に戻っていったからだ。ところが、近代医療の飛躍的発達が、この二元論を崩し始める。かつては死に至った病気が治療できるようになったのだ。〈病気〉から〈元気〉に戻る人は増えた。

しかし、治ったとはいっても〈元気〉というわけではない、という人たちも飛躍的に増えたのだ。その典型が脳出血や脳梗塞といった脳血管障害である。 CTスキャンといった検査技術と治療法の発達によって死亡率は驚くほど低下した。しかし発症者数は変化していないから。手足に障害をもって生活していく人が増えてきたのだ。

死に至る病が、治癒、またはコントロールできるようになって平均寿命は伸び、老人、つまり老いと共に生活していく人が増えてきたこともご承知のとおりである。
 わかりやすく図に表してみよう。

図1~3

従来は、図1のように、人間を〈元気〉と〈病気〉の二つに分けて考えればよかった。〈元気〉から〈病気〉に至るのが発病であり、その逆が治癒で、治癒しないケースの大量の死が存在した。近代医療の発達によるこの構造の変化を示したのが図2である。

死に至ることは少なくなり、病気を、治癒、コントロールできるようになったが、〈病気〉と〈元気〉の間に、脳血管障害による手足のマヒといった身体障害や、老化をもった人たちが生まれてきたことを示している。

この〈病気〉と〈元気〉の間の人たちに対して、医療も看護も無力であった。治癒を目的としてつくられてきた医療体系は、もうこれ以上は治らない、となると興味を失うし、安静を目的としてつくられた看護体系は、自らの体系を守るために、すでに患者ではない障害老人を安静の中に閉じこめようとして手足を縛ったのだった。

そこに救世主が登場する。リハビリテーションである。私か理学療法士(PT)の養成校に入学した頃、PTやOT(作業療法士)は希望の星であった。リハビリさえやれば、手足のマヒは治り、寝たきり老人は立ち上がり、老人問題などすぐにでも解決するかのように期待されていた。
ある病院では、PTがまだ少なかったこともあったが、医師住宅を明け渡してまでPTを迎え入れたものである。もちろんそれが幻想にすぎないことはすぐに判明してしまう。もちろんリハビリテーションを受けたほうが良いことは間違いのない事実だが、脳細胞の損傷を原因とする手足のマヒが完全に治ることなどありえないし、まして何年も寝ていた寝たきり老人が歩きだすはずもない。もちろん老化を止められるリハビリテーションがあろうはずもない。

あのリハビリへの強い期待の裏にあったものは、じつは、医療の側の〈元気ー病気〉の二元論をリハビリによって守れるのではないか、という手前勝手な願望なのではなかったろうか。図2を見てほしい。〈元気〉と〈病気〉の間にあってどう関わっていいか判らぬ障害と老化を、リハビリによって〈元気〉に戻してくれるなら、従来の自分たちの人間像と、治癒・安静という方法論は安泰だからである。

つまり、図2に点線で示した「リハビリ」とは、医療と看護の古い構造を守るための最後の希望としての“幻想のリハビリ”なのである。いくらリハビリテーションを充実しても、〈元気〉と〈病気〉の間に存在する人たちは増え続けてきた。病気も突然発病して、ある日完治するといった一時的なものではなくて、慢性疾患と呼ばれる、病態へと変化してきた。

三好春樹

たとえば、糖尿病患者の多くはかつて死に至らねばならなかった。しかしインシュリンの発明によって事態は変わった。インシュリンは糖尿病を治癒するわけではない。コントロールできるようになったのである。こうして、糖尿病を患った人たちは、〈元気〉と〈病気〉の中間で生活していくことになったのだ。

興味深いことに、精神障害の分野でも病態の変化が起こっている。かつては激しい妄想や暴力を示した精神分裂病は、最近では静かで自閉的な症状を示すようになってきたという。かつての激しい症状は薬物療法によって治癒することもあったが、最近の静かな病者は治癒に至ることが難しいという。ここでも〈元気ー病気〉の二元論は崩れ、その中問に存在する人たちが増えているのだ。

さらに興味深いと思うのは、老人でもなく、身体障害も精神障害はもちろん、慢性疾患をもっているわけでもない人たち、つまり、図1、2でいえば〈元気〉に入ると思われる人たちまで、“中間化”していることである。自分のことを、元気だ、と胸を張って言える人がいなくなっているのだ。みんな自分の健康に不安を持っていて、病気ではないか、病気になるのではないか、とヒヤヒヤしているように見える。

昼間のテレビのワイドショーで毎日紹介される健康法をみんな競って見て、ある食品が健康にいいと言えば、その日のスーパーマーケットの棚からその食品が消えてしまうといったことがそれを象徴しているではないか。健康診断に行って「どこも悪くない」と言われると残念がって、逆に、隠しているのではないかと半信半疑になるなんて話もよくあるらしい。

現代人は、少なくとも主観的には、自分を元気だと思っている人はほんの一握りにすぎなくなっていて、その人も回りからは「なんて単純な人だろう。病気じゃないか」と思われている、そんな時代なのである。

これは一種の神経症ではないだろうか。名付けるとしたら、健康神経症だろうか。健康のためにこれをしなければならぬ、健康のためにこれを食べちやダメ、と神経をすりへらすというきわめて不健康な生活が蔓延している。元気で長生きしている老人は例外なく、そんなことを考えもしなかった人ばかりだけれど。

心の領域でもそうである。アダルトチルドレンなんてコトバが流行したのはまだ記憶に新しい。子どもの頃、親から虐待を受けたために精神的外傷をもっている大人という意味だが、アメリカでは「私も」「私も」と。アダルトチルドレンを自称する人が続出したという。ある調査では対象者の80%以上が「自分はアダルトチルドレンだ」と思っているという。

実際に虐待を受けたかどうかは別にして、少なくとも多くの現代人がそういう物語を必要としているのだということがポイントであるだろう。少なくとも主観的には多くの人が、自分の精神が傷ついており、これまたはやりの言葉でいえば、癒しを求めているのである。

さあ、そうなると、図1の〈元気ー病気〉に、その問を付け加えた図2といったパターンではとても現在の医療・看護と介護を巡る状況を説明できなくなってくる。 現代では、元気と病気はそれぞれの極として存在するにすぎず、その間が大きくふくれあがっている。それを図3で示してみた。

かつて、発病と治癒によって通過するにすぎなかった〈元気〉と〈病気〉の間に、大部分の人が含まれるに至った。だがこの図の膨らみは単に量的なものを示すものではない。抱えている問題の多様性、個別性をも表している。一人の人が身体障害と慢性疾患を併せもっていたりもする。老人となればなおさらでここに書いたいくつもの問題を抱えているのである。

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この多様性と個別性をもった人たちのニーズに、安静看護という画一的な方法が通じるはずがない。安静看護は、病気という、しかも急性期という一時的な時期と病院のICU(集中治療室)という特殊な空問でのみ通用するものになったのだ。

さあ、そこで介護が登場した。つまり。介護とは、単に高齢者が増えたから必要とされるようになったのではなくて、人々の抱える問題が多様化、個別化した現代に、その多様で個別のニーズに応えるために必要とされているのである。

となると画一的なやり方は通用しない。なにしろ一人ひとりの抱える問題は多様であり、さらにそれに一人ひとりの家族まで含めた生活習慣や人生観までが交錯したところにニーズがあるからである。

つまり、介護とは一人ひとりの個別の状態を把握し、個別のニーズをつかんで、マニュアルなんかに頼らない個別のアプローチを創り出していくものなのである。私が介護に必要なのは二つのソーゾーリョク、つまり想像力と創造力だ、と言い続けてきたことの理由はここにある。

ところが世の中では介護に想像力と創造力が必要とは思っていないらしい。単なる介護力か、それに心が優しければいい、くらいにしか思っていないのだ。残念ながら介護職までもそんな介護像しかもっていないのが現実である。私の目的はそんな介護像を打ち破り、介護の時代にふさわしい新しい介護のイメージと方法論を提出することにある。

この文章は2000年1月に新潮社から刊行予定の『老人介護常識の誤り』(仮題)の巻頭の文章として書かれたものです。


●ご好評いただきました「地下水脈」は今回で終了します。
 長い間のご愛読ありがとうございました。
 9月号からは、三好春樹による新連載『介護夜汰話』が始まります。
 どうぞご期待<ださい。
●ブリコラージュ1号から続いてきたこの『地下水脈』は、それぞれの時期に三好春樹の単行本の中に収められてきました。
専門バカにつける薬(1992年発行)
正義の味方につける薬(1995年発行)
老人介護問題発言(1998年発行)


1999.06月 地下水脈 遊びリテーションは近代を越える〈下〉

人間とは無意識的存在である 

私は人間というものを、意識的存在としてよりも、はるかに大きく無意識的な存在であると考えています。それは現実的存在である、生活的存在であると言ってもいいわけです。ですから介護を変えていこうとする時も意識を変えていくというやり方ではなくて、もちろんそれが有効な場合もあるのですけれども、それはほんの一部のインテリだけに有効な方法だろうと思います。

ほとんどの介護職にとっては、無意識の部分、あるいは現実を変えていく中で、まず感じ方、まなざし、見方とか、そういうものが変わって、意識が変るのは最後だと思うのです。いわば、氷山の一角のようなものであろう、目に見える所だけの意識だけを変えたと思っても、実はその下にある広大な無意識が変っていなければ何の役にも立たない。むしろ、そんな理念的意識は邪魔になるような気がします。

これは痴呆性老人への関わり方でもそうですね。私たちは、ひじょうに勉強して意識的に関わっていこうという関わり方が、痴呆性老人に対して全くの無効であるという経験をしています。この人は何型の痴呆だからこういうアプローチ、たとえばバイステックの7原理、受容の原理、自己決定の原理なんてのを頭に入れて老人に関わろうとしますと、老人は全然反応してこないということがあります。

そういう時にはむしろ私たちは頭をからっぽにして、老人の前にちゃんと現われて、同じ目線に立って二コッとする。そうすると向こうも二コッとしてくれる。そこに私と痴呆性老人との間に醸し出された雰囲気みたいなものに自分が動かされていくというようなやり方をした時に、老人との共感的世界が生まれるという経験を、みなさんもしているだろうと思います。

もちろん、意識的にやることで効果があるということもいっぱいありますから、私はそれが意味がないと言っているわけではないのですが、痴呆が深くなればなるほど、どうも意識的なアプローチというのは、老人にとっては何か意図的な関わり方に思えるのではないでしょうか。彼らはその場の空気にひじょうに敏感ですから、わざとらしさみたいなものを感じ取るのではないかなという気がします。

呆けというのは、人間が意識的存在から無意識的存在になっていくことだと私は思うのですけれども、われわれもまた同じように無意識的な世界に入って、そこで何か関係のいちばんの基礎になっているところを作り上げていく方がはるかに有効だと思います。

@“意識的”は暴力を含んでいる

これは子どもとの関わりも一緒だと思うのです。インテリが子育てに失敗していることが多いというのも、そういうことではないのかという気がします。ひじょうに意識的に関わろうとするのですね。東大を出た進歩主義者のお父さん、かなり倫理主義的な人だったと思いますけれども、この人が子どもの家庭内暴力に耐え切れなくて精神科医に相談しに行っているわけですね。

この精神科医もおそらく同じような思想を持った人だろうと思いますけれども、どんなに暴力を振るわれても非暴力を貫け、じっと耐えろという指導をするわけです。それをその通りやって、けっきよく耐え切れなくバットで息子を殴り殺してしまうという事件がありました。

新聞なんかは、お父さんに対して大変同情的なのですけれども、私は子どもの方に同情的です。この子どもはアルバイト先ではちゃんと人問関係をもっていましたね。親に対してだけ暴力を振るっていた、特に父親に対してだけ暴力を振るっていたわけです。自分がいくら暴力を振るっても相手が非暴力でじっと耐えているというのは、父親が自分より高い所にいて何か自分を変えてやろうという意図を感じたのだろうと思います。僕は、そこに子どもの方がムカついたのだろうという気がします。

私は殴られたら殴り返せばいいじゃないかと思います。一方的に殴るのは全然良くないと思いますけれども、殴り合うのは構わないじゃないですか。そりゃ暴力はいけないですよ。殴らないですむのにこしたことはないけれども、理不尽に殴られたら殴り返す方が自然だという気がします。このお父さんはそういう自然さみたいなものを失っていたという気がするのですね。

暴力はいけないと思っていたかも知れないけれども、人間って存在そのものが暴力的であるということがあるのですね。特に東大なんか出ているとそれだけで暴力的存在だと私は思いますね。頭の良い人が一口しゃべると周囲の人間って黙るでしょう。回りを沈黙させる力というのはすごい暴力ですよね。

あるいは専門家というのもそれだけで暴力的存在だったりするわけでしょう。そういう事に対してひじょうに無自覚だったのではないかな、という気がするのです。ですから、もともと人間は暴力的存在で、特にインテリで東大を出ていれば暴力そのものなのですから、殴らないということで非暴力的になれるなんて思っているのが、私は幻想だという気がするのですよね。

大事なのは無意識の関わり方だと思うのです。無意識はフロイトが発見しました。人間観が大きく変わったすごい発見ですね。では、人間の無意識はどこで形成されるのでしょうか。だいたい胎児、お母さんのお腹の中にいる時と、せいぜい2歳ぐらいまでの間に形成されると言われています。

無意識にトラウマ、つまり精神的な傷があって、自分も自覚していない、抑圧している、忘れよう忘れようとしている傷がある時には、これを意識化することによってその問題を乗り越えていこうという方法論が精神分析というやり方です。私はこれはフロイトが精神科医だったために、無意識をいわば意識化されるべき対象として捉えてしまったという気がします。

私は無意識とは、単に“意識に従属していて、これから意識化されて明らかにされるべき対象”ではないと思っています。そうやって対象化されたものが果たしてほんとうに無意識かどうかは実証もできないし、曖昧で、不確かなものです。たとえば親からのこういう什打ちを受けて私はこういう問題を抱えたのだ、というふうに催眠療法なども使って無意識を意識化していく作業をするわけですけれども、これはフロイト自身も言っているのですが、それの大半は物語であるという言い方をしていますね。つまり事実ではないことが多いということです。

@無意識を豊かにする

私もそう思うのですが、事実であるか事実でないかは別にして、問題は、そういう物語をその人がいま必要としているということだろうという気がします。問題老人がいっぱいいる時に、胎児とか2歳まで戻って対象化しろというのは全く無理な話です。特に痴呆性老人にとっては無理な話で、私はそういう意味では精神分析という方法論は具体的にも本質的にも問題があると生意気にも考えているのです。

私は無意識を変えていくのは過去を対象化・意識化しなくてもできると思っています。それは、たとえ2歳を過ぎていても日常的な生活自体が無意識を作っていったり、無意識を変えていくと考えるからです。というのは、生活というのは大半が無意識に行われ繰り返されているものですから、その蓄積の中で無意識というものは変化していく、つまり無意識の世界とは、小さい頃の過去の世界ではなくて、現実の世界であり、刻々と生活によって変わっていくものだと思っています。

そうすると無意識を変えていく、無意識を豊かにしようと思えば、生活そのものをまず変える、つまり、現実を変えていけばいいわけですね。ですから、その方法としては、お年寄りの意識を変えようとかいうアプローチをするのではなくて、老人の無意識が変化していって、固い表情が柔らかくなり、笑顔が出てくるような生活をどう作るかということをやっていくことが必要になります。

ですから、当然ですけれども回想法をやって回想させようというやり方では全然ないわけで、遊びリテーションをやって、憎い嫁のことも嫌な寮母のことも忘れて、その場でパッと笑顔が出てくることの方がはるかに大きな効果があるだろうと思っています。無意識が変われば、、日ごろ抱えている問題も解決はしないまでも、我慢できるところまでいくということです。

これが大事なんですね。解決できるような問題はたいした問題ではないです。誰でもみんな、人生にいっぱい問題を抱え込んで生きているわけで、解決しようというのではなくて、何とか我慢できるところまで持っていくことで、日常、人生をやってきているわけです。ですから、老人もそれができればいいのですね。その意味では遊びリテーションは大変有効な方法論だろうと思います。

@介護職の意識変化

そして、実は遊びリテーションによって、そこに関わっている介護職そのものの無意識が変っていくのですね。これがもう一つの大変大事なところだろうと思います。つまりベッドに寝ている老人の排泄ケア、食事ケアをするという、そういう関わり方のなかで捉えている老人像みたいなものと、遊びリテーションをやって、ワーワーキャーキャーと笑顔が出ている老人と関わっている人の老人像とは違ってくるわけです。

老人の見方が現実的に変っていくのです。そうすると「あっ、あの人はああいう表情をするのだ」ということを見ただけで、どうしてお風呂に入った時にそういう表情が出ないのだろう、食事はほんらい楽しいはずなのに、なんであんなにイヤそうな顔で食欲も出ていないのだろう、とそういうことを感じ始めるわけです。感じていけば、次に「これは変わるはずだ、他の方法があるはずだ」と考えられるわけです。

その意味では、意識の部分だけが人間であるという狭い人間観から、無意識、生き物というところまで含めて、広い幅で人間を捉えていく方法論が必要とされていると思います。人間を意識だけで捉えるというのは、これも医療が近代医療と言われたように、極めて近代的な人間の見方なのですね。その枠をとっぱらわなくてはならない、ということになっているのだろうと思います。

ですから、遊びリテーションというやり方に対して批判し、意識を変えなくてはいけないと言っている人は、実はこれまた古い枠の中にいた専門職と同じように、古い人間像の枠に捕われているのだろうと思います。その中でちょっと悲鳴をあげているというか、それが私たちの新しさへの批判になって出てきているのだろうと思います。

ですから、こういう代表的な遊びリテーションヘの二つの批判というのは、実は遊びリテーションが切り開いている新しい方法論、その背後にある新しい人間観というものに対し、ひじょうに敏感にそれを感じとって悲鳴を上げているのではないかと私は思っています。ですからこういう批判はありかたいですね。批判に答えることで自分たちのやっていることの意味が、実はどんどん明らかになっていくと思っています。


1999.06月 地下水脈 久しぶりに映画を観た

客人:ゴールデンウィークまで仕事とはご苦労なことだな。

三好:うん。でも半日大阪で暇があったので映画館をはしごしたりした。

客人:それは珍しい。映画なんてあまり見るほうじゃないだろう。

三好:特にハリウッドの大作には嫌気がさしている。『タイタニック』なんか金もらっても見ないつもりだ。

客人:相変わらずひねくれ者だな。で、何を見たんだね。

三好:一つは『虹の岬』。三國連太郎と原田美枝子の不倫もの。二つめがよかった。『バージンフライト』という題だ。
客人:ああ、映画評で見た。難病患者とボランティアの話だろ。ボランティア嫌いのお前がなんでそんな映画を見る気になったんだ。

三好:言っておくが俺はボランティア嫌いじゃない。同じ老人介護をやってても、ボランティアでやるのと仕事としてやるのは全然意味が違うから同列に論じるべきじゃない、と言ってるだけだ。そして俺は仕事としてやってる立場から発言するぜ、ということさ。

この主人公はボランティアつたって、ボランティア刑なんだ。ちょっと変人でノイローゼ気味の男が世間を騒がせた罪で奉仕刑を受ける。だからこれは仕事に近い。

客人:なるほど。

三好:さすがはイギリス映画だけあって、担当させられた難病の女性患者がパンク風なんだ。髪型もそうだし電動車イスで万引きはするし、インターネットでポルノを見てる。

客人:そりゃおもしろそうだ。

三好:本当におもしろい。ノイローゼ男と死に至る難病女性の深刻だが心温まる月並みの物語だと思ったら大違い。俺は終始ゲラゲラ笑って見た。この女性が18歳で発病して今は25歳なんだけど、「処女のまま死ぬのは嫌だ」と言い始めるんだ。それで、”リチャード・ギアみたいな”ジゴロを探しに行くんだが、一晩2000ポンドだと言われて、金がないんで銀行強盗することになる、というハチャメチャなストーリーになっていく。邦題は『バージンフライト』だが、原題は『The theory of flight』。“プライト”は生きていくことのメタファだろう。

客人:日本じゃ、とてもこんな映画はつくれないな。

三好:そう思った。日本で難病とか老人をテーマにした映画をつくると、気恥ずかしくなるような臭いセリフをしゃべらせて、バックに情緒的な音楽を流し観客を泣かせようとする。老人介護をテーマにした『一本の手』なんてのはその典型で、これを見せられた福岡の宅老所よりあいのスタッフは口を揃えて、「偽善だ!」「大嘘だ!」と怒りまくっていた。

客人:ああ、あの田中美里主演のやつね。あれはひどかった。舞台のときはまだ良かったんだけどなあ。

三好:『バージンフライト』には、“臭い”セリフは全然出てこない。最後のセリフ、これは女性の遺言みたいなもんだが、それは言語障害が進行していて自動音声器の音で語られるんだ。意図的に情緒的にしないように抑制されている。バックの音楽もロック調。それに比べて日本じゃ、『一本の手』みたいな欺隔の集大成みたいな映画か、あとは、意識を高めてやろうなんて意図がミエミエの退屈極まりない啓もう的な記録映画くらいしかないのが日本の情けない現状さ。

客人:羽田澄子の映画のことだな。

三好:判るか。

客人:判るよ(笑)。これはもう日本とイギリスの文化のレベルの差だろうな。日本があちら並みになるには20年くらいかかるんじゃないかな。

三好:いや俺はそうは思いたくない。それじゃ、日本はダメ、西欧は進んでるというこれまでの図式になるだけだ。

客人:そうか、君は日本主義だったな。

三好:日本主義じゃない。文化を一本の評価軸で捉えて優劣を比べるのが間違っているんだ。赤と青と緑のどちらが上かなんてのに意味はないだろう?日本には日本の文化があるんだよ。俺は日本文化が遅れているんじゃなくて、日本で映画をつくってるインテリたちが日本の観客をとことんバカにしてるんだと思う。彼らは二言めには「日本人は個人として自立していない」とか言うくせに、じつは彼らが日本人の涙もろい情緒性に依存し迎合する形でしか作品をつくれないんだよ。自立してないのは映画人や評論家のほうさ。

客人:そうかもしれん。ついでにお前の好きな映画ベスト10を並べてみないか。読者も知りたがってるかもしれん。

三好:そんなに見てないけれど、じゃ順不同で。『ナイトオンザプラネット』『マンハッタン』『アニーホール』『Uボート』『ブリキの太鼓』。うーん、10にはならんなあ。あと日本映画で『竜二』と『七人の侍』で7つがやっとかな。あっ『バージンフライト』で8つだ。

客人:よっぽど気に入ったんだな。


1999.05月 地下水脈 遊びリテーションは近代を越える〈上〉

◇10年目の遊びリテーション

『遊びリテーション』を竹内孝仁先生たちと一緒に出させていただいてから、今年で10年になります。 1989年出版ですから、今年でちょうど10年です。この間、遊びリテーションというのは老人介護の現場に大変広がりました。先日テレビを見ておりましたら、ニュースで天皇夫妻が老人施設を訪問しているのですけれども、そこでちょうど風船バレーボールをやっているところでした。それぐらい社会に認知されたのかと思いました。

ここまで広まりますと、「単に遊びリテーションをやっていればいいというものではないよ」と逆に言いたくなったりするわけですけれども、今日はどうして遊びリテーションがこんなに広がったのかという理由を探っていくことで、遊びリテーションの意味について再確認をしていきたいと思っています。

なぜこんなに広がったのか。1つはこれを普及する人たちがどんどん出てきたことにあるでしょう。私も以前は「生活リハビリ講座」で遊びリテーションの実技をやってたりしていましたけれども、そのうちに上野文規さんや下山名月さんがやり始めました。それから坂本宗久さんも全国で実技教室を開いています。

この人たちは、私よりもはるかに上手なのですね。それで私の役割はもう終ったなと思って、あまり遊びリテーション実技はやらなくなりました。さらに小松丈祐さんという人が一座を率いて全国を巡業して回るというのも出てきましたし、最近では作業療法士の松林さんあたりも実技指導をして歩いています。

もちろん普及する人が増えたからといって、現場の人がこれに共感をしなければ現場に定着していくということはないわけです。じゃあ、なぜ現場の人たちの共感を得たのでしょう。私たちはこの間ずっと、「介護とは何か」ということを訴えてきました。介護の介とは媒介の介である。

つまり、きっかけになることだ。老人が主人公になるために私たちの知識や技術、われわれの存在そのものを媒介にしていくことが介護です。それは急性期の治療や看護から始まった方法論、つまり、老人が医療や看護の受け身的な対象になっているやり方とは違うものなのですよということです。

食事を食べさせられるのではなくて、食事を老人自身が楽しんで食べる。排泄をさせられるのではなくて、自ら排便・排尿をする。お風呂に入れられるのではなくて、お風呂に入って良かった、と思えるような介護をしようと訴えてきたわけです。それで「オムツ外し学会」などを開いてきたりしました。お風呂も、機械に頼ることをできるだけやめて、ふつうの生活的な、家庭的なお風呂に入っていただこうよ、ということをやってきたわけです。

しかし、オムツ外しなんて言いましても、職場のチームワークがなかなか取れないところでは取り組みが難しいわけですし、入浴を変えていこうと思いますと、風呂場の改造が不可欠であるということもありまして、なかなか難しいわけですね。

ところが遊びリテーションをやってみますと、いとも簡単にと言ってもいいと思うのですけれども、老人がその場で主体として登場してくる場面に出会うわけです。そういう経験を現場の人たちがするわけですから、それで“これはおもしろい”ということになります。しかも改造も何も要りません。われわれがやる気があって、場所があって、老人が集まってくればできるわけですから、そういうことでどんどん全国に広がっていったのだろうと思います。

◇遊びは自発性である

カイヨワという人が『遊びと人間』という本を書いていますけれども、このなかで「遊びの本質とは何か。それは自発性である」ということをはっきりと言い切っています。自発的にやるから遊びなので、させられるというのは遊びではないわけです。ですから逆に言うと、遊びということを通して自発性はいちばん引き出しやすい、ということでもあると思います。

ところが、遊びリテーションを始めた頃は、いくつかの批判が私たちに寄せられてきました。今日はその批判を大きく2つに分けて、それに反論するかたちで私たちがやってきている遊びリテーションの意味をもう一度考えていきたいと思っています。

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まず、PTやOTとかいった専門家からの批判が、最初かなり多くありました。たとえばPTからは「PTが遊びリテーションをやるというのは、PTとしての専門性を放棄するものである。専門家というのはPTにしかできないことをやるべきであって、誰にでもできるようなレクリエーションに手を出すというのは自らの専門性の放棄である」という批判が出てきました。私たちはこういう批判に対して2つの回答を用意しています。

ひとつは大変オーソドックスな回答の仕方で、「PTやOTが遊びリテーションをやるということは専門性を豊かにすることであって、決して専門性を放棄することでも、ないがしろにすることでもない」という回答です。困っている人のニーズがあるから制度とか専門家を作ったわけですね。ところが制度ができてしまうと専門家が専門家のニーズで仕事をし始めて、そのニーズに合う対象者を選んでしまうということになりかねません。

たとえばリハビリテーションの効果を士。げよう、学会で発表するために治癒率を高めようと思いますと、最初から年寄りを除外する方向に走ってしまう。重度の大は除外、ボケている大は対象外、若くてやる気のある人だけを相手にやっていれば治癒率は高められて学会では認められるという、そういう倒錯が起こってきます。

実は齢とってボケて重度な人ほどニーズは強いわけで、そういう人のために専門家を作って身分を保証しているわけですから、そういう人にこそ実は専門家が積極的に関わらなくてはいけないはずです。もちろん学校ではボケの人に訓練する方法などは習っていないわけですから大変なのですが、それをやらないと専門性はどんどん衰退していくばっかりではないか、という言い方をしてきたわけです。

2つ目の回答は、ちょっと過激というか、開き直りの反論を用意しています。「遊びリテーションに手を出すのは専門性の放棄であるというのは、まったくそのとおりである。その批判は正しい」という回答の仕方です。どうしてかと言うと、医学とその医学の中にあるリハビリテーションという体系は、人間を人体として見る、あるいは個体として見るというところで成立をしてきました。

たとえば1人の身体の中のどこに問題点があって、それを見つけ出してそこヘアプローチをしていこうというやり方ですね。それによって老人を元気にしようとしてきたわけですけれども、確かに治癒が可能なもの、あるいは治癒が可能な時期には、それは大変有効なわけです。しかし慢性期、私たちはこれを生活期と呼んでいますが、つまりこれ以上治らないとなった時には、それは通用しないんです。老人も生きいきしてこない。老人がもう1回、生活の主体として登場してくるために一番良い方法は、人体とか個体へのアプローチじゃないんですね。

◇関係を見ない専門家の限界

実は人間は、個体として存在するのではなくて人間関係の中で生きいきしたり、あるいはダメになったりしているわけです。つまり人間を個体として捉えるのではなく関係的存在として捉えなくてはいけないわけですね。みんなで一緒にわいわい、がやがやとひとつの目的をもってやるということの中で、個体だけにアプローチしてやっていた訓練では出なかった機能が、いくらでも出てくるという経験を私たちはしてきました。これは人間を関係的存在として捉えれば当り前のことなわけです。

そこでわれわれは、痛くて苦しい訓練をしかめっ面してやるよりも、笑顔が出てくるような楽しい方法のほうが効果があるよ、という言い方をしてきたわけです。もちろんそれは数量化なんてできませんから、「笑顔があればいいという表現は専門家ではない」と批判されてきました。ですが、笑顔というのは自分が共感的世界にいるということの象徴のひとつなわけですね。

人間というのは人問関係の中に自分が位置づけられている、みんなと一緒にいるんだ、みんなと一緒に生きていこうとしているんだということで、初めて心身共に落ち着きますし機能が発揮されるわけです。これは当然ですが、身体機能だけではなくて、精神機能も全くそのとおりでありまして、どんな状態でも人間は人と一緒にいたい、共感的世界を持ちたいと思っています。

ただ、その世界は共感も得られるけれども傷つけられることもあったりするものですから、時には閉じこもって1人になりたい時問もあります。私にもありますし、みなさんにもあるでしょう。 1人になる時間という`のは、もう一度そこで自分というものを確認して、再び関係的世界の中に出て行こう、自ら関係づけをしていこうことの準備の時間です。関係的世界と1人でいる世界は、裏表として一体になっているような気がします。

長い問ひとり暮らしをしてきて、人間関係が希薄になっていったおばあさんが、91歳で特別養護老人ホームに入って来ました。この人は4人部屋のベッドにいたのですが、長い間誰とも会話をしない生活をしていたためにどうなっていたかというと、ほかの3人と話すのではなく、自分で自分と会話をするのですね。

自分で自分の名前を呼びます。「今田トワさん、今田トワさん」と言って「はい、私か今田トワです」と返事をする。「あなたが今田トワですか。さすがですな、ワアハッハッハ」とか言って、1人で笑ったりしているわけです。どうも大変気持ちの悪い世界に入っていくわけですが、そこまで追い込められた時でも、自分の内的世界で話し相手を作り出しているんです。共感してくれる人を自分の心の中に作り上げなくてはいけないぐらい、人間はそういう世界を求めているわけです。

ですから、専門家が個体だけを見てアプローチするよりも、みんなと一緒にワイワイ、ガヤガヤやったほうが、はるかに機能も良くなりますし精神的にも落ち着きますし、生活そのものが変わってしまうことすらあるわけです。 つまりPTやOTの側の方が、「専門性を放棄するものだ」と言ったのは大変正しい洞察でありまして、人間を目に見える個体としてしか見ないという近代科学の狭い枠の中にいる専門家が、いわば自分の限界を自ら告白しているという気がするのですね。その意味では、「おおいに専門性を放棄して解体していけばいいじゃないか」という過激な回答を用意しているんです。


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◇人権を抽象的理念でしか語れない人々

近代科学の発達のおかげでみんな長生きをして治らない病気も治るようになったわけですけれども、一方でその限界が明らかになってきていて、それが実は老人問題なわけです。大袈裟な言い方になりますけれども、遊びリテーションというのは、その意味では近代の限界みたいなものを超えていこうという方法論として出てきた気がします。

もうひとつの批判は、ひじょうに真面目な社会福祉をやっている人たちから出てきました。この人たちは人権を大事にしようよ、ということを声高く言う人たちです。「現場の人たちは人権意識が低い」と言って、人権意識を強く啓蒙してくれる人たちなわけです。

私はこういう人たちずっと論争してきまして、その論争が『正義の味方につける薬』(筒井書房刊)という、ちょっと皮肉な題の本になっているわけですけれども、どうも彼らは目の前にいる老人の人権が大事なのではなくて、自分の持っている人権という理念が大事なだけなのではないか、という気がしています。

というのは、こういう言い方をするのですね。「遊びリテーションなんか一生懸命にやっているけれども、一方では、お風呂に入れるのに老人を丸裸にしてタオル1枚かけただけで廊下にズラッと待たせて、人権をないがしろにするようなことをやっている」というかたちで遊びリテーションを批判するのです。私は何を言っているのだろう、と思うのですね。間違っているというなら、入浴の仕方をちゃんと具体的に提起すればいいわけでしょう。

私たちが言ってきたように、家庭用のお風呂にほとんどの人が入れるわけで、そうすると職員にも余裕ができます。老人にとっても、これまで70年80年やってきたのと同じお風呂に入ればいいわけですから、たいへん自立していきます。具体的な方法があるわけですから、それをどう実現するかという問題を立てるべきで「遊びリテーションなんかやっていないで、もっと人権意識を持つべきだ」なんていうのは全くおかしな話です。

私は人権が大事ではないとは全く思いませんけれども、人権を大事にするということはもっと具体的なことなのですね。たとえば“ベッドが高すぎるために足を降ろせなくなって、立てる人でも立てなくなっている”というのが実は人権の侵害ですから、人権を守るためにはまずベッドの足を切るべきです。脳卒中になっても片手で起き上がれない人はいないはずですから、ベッドの幅さえ広くすればいい。広くと言ってもふつうのベッドの幅でいいのです。

病院で使われているベッドがあまりにも狭すぎることが、起き上がれる人を起き上がらせなくし、寝たきりにしているわけですから、これはどの人権侵害はないわけです。広いベッドにしようよ、と具体的、現実的に老人の生活を変えていくという提案ができなければ、「人権意識を」と100回言っても、老人はちっとも生きいきしてこないわけです。

ここに私は、大変大きな方法論の違いというものを感じました。私たちが倫理主義者と呼んでいる人たちは、まず意識を変えようとするわけです。つまり人間というのを意識的存在として捉えている気がします。ですから、もっと意識を高くしなくてはいけないので、意識の高い者が低い者を啓蒙する、教えてあげるという態度が出てくる。

これはどうも差別的構造ではないかと私は思うのですが、そういう構造を強く持っています。ですからこういう人たちが政治の世界で政権を取ったりしますと、ひじょうに抑圧的な政治になるというのも実は歴史の教えるところだろうと思うのですけれども。(次号につづく)


1999.04月 地下水脈 チューブ外しとアインシュタイン

私が呼びかけ人になって開いている「チューブ外し学会」が、医師の一部で評判が悪いそうである。特に、非経口的栄養摂取、つまり、口から食べるのではなくて鼻からのチューブや、胃ろう(胃にあけた孔)からの栄養補給の方法を研究している人たちからは非難さえ起こっているという。

「命にかかわることなのに“チューブ外し”とは何ごとか」というのである。球マヒや仮性球マヒによって嚥下反射が消失してしまったケースや、重篤な症状のときに、こうした非経口的方法を一時的に使うことを否定する人はいないだろう。その技術の開発によって命が助かる人もたくさんいるはずである。

また、終末期と思われるケースにこうした方法をすべきかどうか、また、いつまで続けるのかの判断は、その人と家族の人生観によって変わるだろうけれど、本人や家族が少しでも延命したいと願っているのなら、そのときにもこれらの技術が必要であることはいうまでもない。

しかし問題は、彼らが、患者と家族のためにと思って開発してきた方法と技術が、老人看護・介護の現場でどう使われているかということなのである。デイサービスセンターに通っていた人の話である。脳梗塞による右片マヒで失語症があったが体調を崩して検査のために入院することになった。

車イスで病院に行ったとはいえ、自分で立ちあがってベッドに移ったくらいで、食欲は落ちていたが、左手でスプーンとフォークで自分で食べていた人である。ところが、病棟婦長の家族への第一声は「鼻にしますか、胃にしますか。胃のほうが楽ですよ」であった。

家族には最初なんのことかわからなかったが、勧められるままに手術で胃に孔をあけられ、ここから栄養を流されることになった。彼はなによりも、急に手術されたことでショックを受け、目が虚ろになった。腹部の痛みと違和感のため、無意識に左手で胃ろうに触ろうとするので手を抑制された。

そして1週間後には、尿道カテーテルやモニターを身体中につけられ“重体”になっていたのである。胃ろう形成術が簡単にできるようになった。そこに装着される器具も便利なものである。そうした方法と技術の開発が、食欲低下というだけの老人を、“主体の死”に追いやっているのである。

胃に送り込まれる“カロリー”の代償として。「そんなことのために技術を開発したのではない」と彼らは言うだろう。でも研究室や大学病院から出て、老人病院の看護・介護現場に行ってみるがいい。こんな話はいくらでもあるのだ。核物理学の研究者たちももちろん、人間を大量殺りくしようなどと思っていたわけではなかった。

だから、「戦争終結のため」という大義があるとはいえ、多くの科学者が原爆を製造するための「マンハッタン計画」への参加を拒否した。参加した人たちも、ヒロシマ、ナガサキの惨状を知らされるにつれて、良心の痛みを感じ、科学の成果とその使われ方について深刻に悩み始めるのである。

そして、アインシュタインをはじめとする多くの科学者が、反核運動、平和運動に参画していくのである。開発された非経口的栄養摂取法は、自分の手で口から食べるための工夫と努力を現場から奪いつつある。「生活障害論」で示した、姿勢や時という、どこでも誰にでもできるふつうの介護を試みようともしないまま、老人はベッドに縛られることになった。

だから当然ながら、チューブの人の大半がチューブを外せるのである。そもそもチューブをすべきでない人を、看護・介護の不在によってチューブにさせているのを外してどこに問題があろうか。それを非難する理由があろうはずがないではないか。

それどころか、自分が開発した技術が老人を“主体の死”に追い込んでいることに良心の痛みを覚えて、「チューブ外し学会」に馳せ参じるのが人間の道ではないか、と言いたくなるのだが、彼らにアインシュタインのような倫理観を要求するのはよそう。私は、無いものねだりはしない主義だから。

彼らがいくら批判しようが、現場の人たちは「でも、外れるものは外れるのよねえ」なんて言っている。体験で知っているから、現場を知らない人から何を言われても影響はない。影響があるのは、「チューブ外し学会」を取材にきたジャーナリストが、専門家の言い分も聞こうと研究室へ行って「チューブ外しなんてとんでもない」と説教され、結局、どっちつかずの“バランスのとれだ記事を書いてしまうくらいのことである。

「原爆は悪いという人もいるけれど、一生懸命開発した人もいるんだから、まあ、ケースバイケースで」なんて立場がバランスのとれたものでないことは言うまでもない。被爆の実態を少しでも知ってればそんなバランスはとるまい。研究者にもジャーナリストにも、もっと現場を知れ、とだけ言っておこう。「チューブ外し学会」はもちろん今後もやる。


1999.03月 地下水脈 国は滅びても商売は残る

「15年間、どんな戦略でやってきたんですか」と聞かれたことがある。「これから、どんな計画があるんですか」ともよく聞かれる。ところが、戦略も計画もないのである。生活とリハビリ研究所を名乗ってからの15年間で、今の事務所が7軒めだというのが計画性のないことを何より示している。

現場に伝えたいことがあって、それを語っているうちに、向こうからいろんな依頼が来てそれを受けているうちに「オムツ外し学会」も「チューブ外し学会」も生まれてきた、そんな感じである。

本だってそうだ。初めて人前で呆けについてしゃべったら、それを聞いていた医学書院の編集者が面白がって連載を書かせてくれて最初の本になった。(『老人の生活ケア』)
講演のテープがすでに活字になっていて「これを本にしたいんだけど」と言われたのが、筒井書房で出た最初の本だ。(『生活リハビリとはなにか』)

だから、戦略どころか、こちらの予想だにしない形で新しいケアとリハビリは広まっていった。もっとも予想を外れたというか、予想だにしなかったのが、民間デイサービスが全国に生まれたことである。これも最初の本で下山名月さんと出会ったことがきっかけである。

もうひとつ予想が外れたのが、各職種から同じように新しいケアを訴える人たちが続々登場したことである。私一人が何を言おうが、「ひねくれ者が変なこと言ってる」くらいにしか思ってくれなくても、安永道生さんが話せばうなずく人がいるのだ。

フリーの怪しげなPTだけじゃなくて県庁のPTまで言うのなら正しいのかもしれん、なんて思うのだろう。さらに上野文規さんが訴えれば若い女性はうなずくし、下山さんが語れば社協のおじさんが納得する、といった具合だ。

私が安静介護を批判すればムッとする看護職も、永田則子さんや松下明美さんが言えばむしろ“看護職の誇り”にまでなってしまうのである。私が「ふつうの家庭用の風呂に入れよう」と訴えても「そんな理想論が通用するもんか」と反発する人が、村上廣夫さんが施設長の立場から説明すれば身を乗り出してくるのである。

いくら新しい発想の介護法が広まったとはいえ、まだ全体の9割以上は古い体質のケアのままだし、老人施設も地域ケアに関わる人もどんどん増えている。だとしたら、新しいケアを訴える人がもっともっと増えて、彼や彼女らの発言力、影響力が大きくなるようにしなければ、とてもこの世界を変えていくことはできないだろう。

だから数年前から、私と下山、上野がいっしょにセミナーをする機会は少なくしている。同じ日に、同じ会場にいるなんてもったいないからだ。私が札幌で上野が大阪、下山は鹿児島という具合だ。

それに村上さんが施設連盟の会で発言していて、フリーになった坂本宗久さんが名古屋にいて、中田光彦さんは東京で話してる、朝倉義子さんは山田ゆたかさんと生活リハビリ研修センター松露庵でジジババ体験をやっている、というふうにいろんな人が、いろんな場でいろんな人を対象に張り切ってる、という状況が、最近の Bricolage を見ると起こっているのである。すごい情報量ですものねえ。

フリーになったOTの松林誠志さんも、本誌の情報欄を占拠するくらいの巡業ぶりである。彼がフリーでメシを食えるようになればまた後に続く人も出てくるだろう。読者のみなさん、応援をよろしく。

「三好は金もうけのためにやってるんだから」なんて陰で言っている人がいる。それが国立大学のリハの教官だというのだから笑ってしまう。国が徴収した税金を再分配してもらっている身で、しかもPTやOTで「教授」なんて肩書きをつくっで”アカデミズムごっご”をしている人がよくもそんなことを言うもんである。

一度そんな肩書きなんかなしで、つまり自分の語る内容だけでセミナーを開いて何人が金を出して来てくれるかやってみればいいのだ。公的な立場なるものが商売よりも価値が高いなんて思っているようなセンスでよく地域リハビリとか言えるものである。

地域とは生活の場であり、健全な生活者ほど、公的なものに頼ったりぶらさがったりせず、自分の才にだけ頼った商売でメシを食っているのである。ニーズに応えられなければ食えない、とい引刀実さこそが、老人ケアと世の中を変えていくエネルギーなのだ。

もちろん民間デイも私も松林さんも、その危機感で仕事をしているのは同じだ。「国は滅びても商売は残る」。私の好きなコトバの1つである。国家より商売のほうが歴史的にもずっと古い。つまり人間にとって普遍的なのである。
さて私の戦略。もっと金もうけして、「三好でもあれだけできるんだから自分も」という人をもっとつくること、とでもしておきましょうか。


1999.02月 地下水脈 羊飼いの使命感

「精神科の先生って変な人が多いですよね。変だから精神科へ行ったのか、行ったから変になったのか知りませんが」。などと、唐突に長谷川式の検査を始め、老人が答えないでいると「こりゃ相当呆けてますなあ」なんて目の前で言う精神科医への皮肉を含んだいつもの話を私はしていた。イ山台での集中セミナーでのことである。

それを二コニコして聞いていた医者が、じつは病院で「物忘れ外来」を担当している精神科医だと知ったのは、セミナーの後の懇親会でのことである。山崎英樹先生という方で、現在、仙台市内にデイケアを準備中とのことだが、医者が私なんぞの話を聞きに1日やってくるだけでも、この人、ただ者ではない、と思うではないか。

それもそのはずで、発表原稿の要約のコピーをいただいたのだが、その最初のスライドに「牧人権力・フーコー」と出てくるのである。フーコーとは、私が「関係障害論」のなかで「一方的に見ることが権力の発生根拠」と言った人として紹介している哲学者である。

牧人(ぽくじん)とは羊飼いのことである。羊を人間に見たてて、キリスト教の司祭の意味に転じた。迷える子羊の群を導ぐ牧師”ということである。

フーコーは「かつては君主が民衆の身体を拘束し、切り刻む実権を持っていた」が「近代では、君主の名ではなく、国民の名のもとに、すべての人々が、身体をソフトに管理される時代となった」と指摘している。それを「牧人権力」と名付けた。

羊飼いは親切で責任感が強い。羊の群れに対してはとくに献身的で専門的知識や技術を身につけようとする。羊飼いがいないと群れはバラバラになり、羊は死んでしまうのだ。羊飼いはたとえば教師であり、羊は生徒である。

権力は”生徒指導に熱心な優秀な先生”の姿をとって行使される。こっけいなことに、かつての残虐な君主は自分が権力者であることを自覚していたからそれをセーブすることもあったが、近代の権力者たちはその自覚がない。

「暴力の学校・倒錯の街」は、福岡の女子高で起きた教師による体罰死事件の迫真のルポルタージュである。わずか1年で刑務所を出所した犯人である元教師は、公判で自分のことを“熱心な教師”だと主張している。カッとなって殴るので生徒から嫌われているのさえ「10年後によかったと思ってもらえれば」と言うのだ。

ここでは1人の人間の俗っぽい支配欲や自己中心性が、“羊飼いの使命感”にすり変わっているように思える。学校以上に「牧人権力」が支配しているのが病院であり施設である。病院を辞めるに際して山崎医師が書いた論文にそれが如実に語られている。

精神科の患者への抑制(手足を縛ること)の廃止を提案する先生たちに、ある婦長がこう言う。「患者さんの安全と清潔のためには抑制は必要です」と。おお、すばらしい責任感ではないか。羊飼いの使命感はこうでなくてはならない。かくして患者は、骨折の危険もなく、尿や便で汚れて不潔になることもない、“安全と清潔”な身体で崩壊していくのだ。

「牧人権力」は、「健康管理」とか「清潔の保持」とか「保健指導」という姿で現れる。もちろん「専門性」「善意」「ヒューマニズム」そして「ケアプラン」としても。懇親会に同席していた老健スタッフがこう語ってくれた。

「タバコの好きな老人がいるんです。でも夕バコはナースステーションで管理されてて、欲しいと車イスでやってくるんです。2本の指を口に近づけて、タバコのサインをするんだけど、“ちゃんと口に出して言うまでタバコを渡さない”というのをケアプランで決めてて「“タバコをください”つて口で言ってごらん」なんて言って無理やり言わせてるんですよ。僕はそんなことしないですけどね」。

やれやれ。介護職まで権力者に仕立てるほど近代のシステムは巧妙なのである。介護職よ。自分を“羊飼い”にするな。つまり老人を“羊”と見なして教育的指導なんかするな。医師という大きな権威を持っている人たちはそれだけワナにはまる危険が大きい。

にもかかわらずそこから自由になる生き方をしようとしている人がいるのだ。看護婦や介護福祉士なんでミニ権威”にすぎない者が、そのワナにはまってどうする。山崎医師の「いずみの杜(もり)診療所・デイケア」は4月に仙台市泉区にオープンの予定。


「フーコー・知と権力」桜井哲夫(講談社)※フーコーに関する引用は「フーコー・知と権力」桜井哲夫(講談社)による。







「暴力の学校倒錯の街」 「暴力の学校倒錯の街」
著者:藤井誠二
発行:雲母書房
判型:四六上製320頁
定価:2100円十税


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金と嘘と暴力で作った原発に さよならを
命と自然を売るな、買うな