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介護夜汰話
変えられないものを受け入れる心の静けさを  変えられるものを変えていく勇気を
そしてこの2つを見分ける賢さを

「投降のススメ」
経済優先、いじめ蔓延の日本社会よ / 君たちは包囲されている / 悪業非道を悔いて投降する者は /  経済よりいのち、弱者最優先の / 介護の現場に集合せよ
 (三好春樹)

「武漢日記」より
「一つの国が文明国家であるかどうかの基準は、高層ビルが多いとか、クルマが疾走しているとか、武器が進んでいるとか、軍隊が強いとか、科学技術が発達しているとか、芸術が多彩とか、さらに、派手なイベントができるとか、花火が豪華絢爛とか、おカネの力で世界を豪遊し、世界中のものを買いあさるとか、決してそうしたことがすべてではない。基準はただ一つしかない、それは弱者に接する態度である」
 (方方)

 介護夜汰話

2014
2014年12月  マズローもいいことを言っている

bricolage今回のブリコ特集は画期的だ。「介護現場での看護職」や「看護と介護の冷戦」といった従来の問題に終止符を打っていいと思える内容である。特に鳥海房枝さんの講演を起こした文章は読みごたえがあったのではないか。

私はこのテーマに、自分自身のPT という立場から、看護職のあり方を重ねてみたいと思う。A.H. マズローといえば、人間の欲求を、基本的欲求からより高次の、たとえば「自己実現の欲求」へと段階化したことで知られる心理学者だ。

老いや死に関わる私から見るとマズローは、発達至上主義のグローバリズムにふさわしい人間観としか思えない批判の対象である。しかし、彼の大著『人間性の心理学―モチベーションとパーソナリティ』(産業能率大学出版部)を読むと、現在の科学の専門家に対する批判がじつに的確で、そのいくつかを引用することで今号のテーマへの応援にしたいと思う。

マズローは専門家に「手段中心的傾向」があると指摘する。PT や看護職の知識や技術は、問題を解決するための手段である。ところがその手段のほうが目的とされてしまうのだ。フロイトはそれを「メガネを磨くのに夢中になってメガネをかけて物を見るのを忘れているような人」と言ったと紹介されている。

手段中心的科学者は、問題に技術を合わせるのではなく問題を技術に合わせてしまう傾向がある。彼らが最初に問うのは、自分が今知っている技術や設備を使って取り組めるのはどんな問題なのかということになり、どんな問題が多く存在するのかとか、その中でどんな問題が最も差し迫っているのか、自分が従事できる最29も重大な問題は何なのかということではない。

「手段中心的科学者」を「PT、看護職」と読み替えてみよう。目の前の老人が生きていく気力を失っているときに、その問題に自分がどう関われるかではなくて、PT なら関節可動域に、看護職なら血圧にばかり興味を示している姿が思い浮かぶだろう。さらにマズローはこう書いている。

自分の財布を、落とした所ではなく、「ライトが明るいから」と街灯の下で捜しているかの有名な酔っ払いの話や、自分が治療法を知っている唯一の病気に自分の患者の全員を見たててしまう医者(中略)…………。

PT とは何かと私は考える。身体機能に関わる専門職ではなくて、身体機能を入口にして一人ひとりの生活と人生に関わる専門職であるべきだろう。とすれば介護職はもっと豊かで有効な人生に至る入口をもっている。言うまでもない。食事、排泄、入浴である。PT は、身体機能はわかっていてもその人の入浴介助法はわからない。「生活」へと至る道が見えていないのだ。もったいないではないか。ましてや「人生」への道は遠い。

その点、介護職はすごい。宅老所よりあいの応援誌『ヨレヨレ』に連載中の「看取りの合宿」のようなことを自発的にやってしまうのだから。PT なんかより、看護職のほうがもっともったいないと私は思う。ともに「生活」と「人生」に踏み出そう。


2014年11月  希望としての「べてる」

インドツアーもそうだが、毎年、べてるツアーに全国各地から30 人も集まるのがすごい! 今年は、鹿児島県の屋久島、串木野をはじめ、鳥取、徳島、山形まで。兵庫県からの2人はたしか3回連続参加じゃなかろうか。

なにがこんなに私たち介護職を引きつけるのだろうか。「統合失調症」とは、“健常者” から見ると最も“異質” な存在だろう。老人は長生きすれば誰でもなるし、認知症もそういう見方をみんなするようになってきた。しかし「精神病」となるとそうはいかない。“健常” な自分とは最も縁のない世界、人たちと考えられている。

その「精神病」を「♪いいじゃありませんか精神病」(「べてるのズンドコ節、3番の歌詞)と笑い飛ばすこの大胆さ。「驚くことばかりで、日常に帰って、ゆっくり整理したい」というのは参加者の一人の感想だが、こんな異質なものを、健常者中心の日常の中にヒョンと持ち込まれるのだから、常識人はかなわない。

「硬い研修かと思って来てみたら、旨いものを食べて飲んでばかりですね」というのも参加者の感想。そのとおり、1日めは「静内ケアセンター」の見学と、スタッフ、地域の人たちとのバーベキュー大会。社長の下川さんは、ロマンと金の動かし方の両方をもっているという珍しい人。

ロマンに生きる人は金は軽べつしているし、金の世界の人にはロマンなんかない。「金を持っている人をどう動かすかだ」と、彼は、金なんかなくてもいい事業はできる、と力説する。

べてるも不思議だ。ロマンをもちながらも現実的。「差別、偏見大歓迎」なんてスローガンもそうだ。「地域」「地域」とかけ声ばかりの介護界だが、べてるにとっては、この浦河という町こそが地域なのだ。

町民がみんな理解している訳ではない。なにかあると「べてるの連中じゃないか」と、ささやかれたりするという。でも、ちょっと“異質” な人が町をブラブラしていて、「ぶらぶら」というカフェまである、そんな町がこの日本に生まれている。これは希望である。

2014年11月  加担しないでただ生きる

~『悪童日記』の双子のように~
映画はめったに見ない。なにしろ金がかかるし、たとえ無料でも時間が必要だ。時間と金という最も大事なもの2つを失うとなるとそれに見合うだけの内容かどうか確証がないと見る気にはならないのだ。ちなみに、ショッピングが好きという人がいるが、時間と金の両方を失うことがなぜそんなに好きなのか、私には理解が難しい。だから、時間が余ってしようがなくて金がかからないときには映画を見る。長い間、機内にいるときがそうだ。

ハンナ・アーレント 最近見たのは、往路が『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』。インドの風景から、あの日差しやにおいまで伝わってくるようだった。ご都合主義的なストーリーではあるが、人間も社会も描けている上質の娯楽映画だった。復路が『ハンナ・アーレント』。『全体主義の起源』の著者である哲学者、ハンナ・アーレントの『イェルサレムのアイヒマン-悪の陳腐さについての報告』の連載、出版によって引き起こる騒動を映画化したもの。

ナツィ(ナチをアンナはこう書くのでそれにあわせる)の戦犯のアイヒマンだけは実録の白黒映像が使われているのも話題になった。ナツィの国家主義を根底から批判する彼女は、ユダヤ人の側の国家主義=シオニズムにも一切加担したりしない。そこで同じユダヤ人たちから厳しい非難を受けるのだ。でも彼女は一切動じない。見事な生き方だ。

悪童日記 新聞の映画の広告を見ていて驚いた。『悪童日記』が上映中だという。「あんな小説が映画化されるとは!」と驚いたのだ。原作はアゴタ・クリストフという、ハンガリーからフランスに亡命した女性作家の同名の小説。続編の『ふたりの証拠』『第三の嘘』を含めた3 部作(いずれも早川書房・ハヤカワ文庫)である。私はこの3作を夜を徹して読んだ。中学2年のときの『罪と罰』以来のことだ。

ああ、ヨーロッパの20世紀とはこんな世界だったのだ、と思い知った。ナツィがやってくる。そして『解放軍』という名のスターリンの軍隊が代わりに占領する。その中で双子のきょうだいが生き抜く話だ。おそらく20世紀後半の代表的文学作品として後世に残るだろう。

介護以外のことでの質問や相談がよくある。人生相談がくることもある。かなり破綻した人生の私に相談してどうすると思うのだが。政治や社会問題についての質問もよく受ける。最近は「朝日新聞の誤報問題をどう思います?」というのが何人か続けてあった。まず、誤報が問題なのではない。誤報はいくらでもある。松本サリン事件ですべての新聞が何を書いたか思い出せばいい。というより、すべての報道が誤報だと言ったっていい。

現場にいた当事者にしかホントのことはわからないのだから。ただ、朝日新聞の体質には問題がある。それは一言で言うと「反権力という名の権力」である。反権力とか弱者の味方になるためなら事実と違っていようが、手段は問わないという体質である。私も多くの取材を受けたが、いかにもジャーナリストっぽい記者ほど、記事の結論は先にあって、私はそのための材料にすぎない。

「現場が疲れ果てているのは国の福祉政策が貧困だからだ」という“正しい” 結論が先にあるので、私がいくら「介護ほどおもしろくて深い仕事はないですよ」と言ってもそれは記事にはならないのだ。確かに「朝日」がそういう傾向が一番強かったと思う。「反権力」は「権力」を意識するあまり、自分自身も「権力」を孕んでしまうのだろう。そのことに無自覚だというのが朝日新聞をはじめとする「進歩的」と言われる人や政党の問題点だろう。

一方、この朝日新聞を非難する側はどうか。「週刊文春」「週刊新潮」「週刊ポスト」それに「夕刊フジ」などの陣営である。これはもう話にならないほどの問題だらけだ。彼らは朝日新聞の誤報を、鬼の首を取ったように騒いで、慰安婦問題そのものまで存在しなかったかのように書き立てている。それどころか、侵略すらなかったと思っているかのようである。ま、本心では「侵略ではない」と思っている人物を首相に選ぶような国だから、その国のマスコミがまともな訳はないが。

朝日が「反権力という名の権力」なら、こちらは「権力の犬」がぴったりだろう。飼い主( 現政権) にシッポを振って、近所にむかってキャンキャン吠える。だいたい「売国」とか「反日」なんてコトバを恥ずかし気もなく使うところがどうかしている。自分の国が専制国家なら「売国」こそ正しいではないか。日本政府の政策が間違っていたら「反日」を選ぶのが正義だろう。政治家が平気で使う「国益」も恥ずかしくないのかなぁ。「国益」なんか主張し合ったから戦争が起き、地球温暖化の危機にもなってるんじゃないか。建て前でもいいから「人類の利益」とか「地球のため」とか言ったらどうか。もう21世紀なんだから。

かつて吉本隆明( よしもとばななのパパです) は、進歩主義者やその思想のことを「ソフトスターリン主義」と呼んだ。反権力だったはずのマルクス主義が、スターリンという独裁権力をつくり出したのだから、言い得て妙な表現ではないか。となると、朝日対反朝日の対立は、スターリンとヒトラーの戦争に喩えられるかもしれない。国家主義、民族主義丸出しの反朝日陣営は、もうほとんどナツィの思想と変わらないように見える。

さて、私たちはどんな立場に立つべきだろう。特に介護職の私たちは。『悪童日記』の双子のきょうだいのように、どちらにも加担せず、ただ生き抜くことだ。ヒューマニズムのような高尚な理念をもっている人たちは、知らず知らず、権力的になってしまうことがあることに自覚的でなくてはならない。「反権力」より「脱権力」「非権力」へと向かうべきなのだ。厚労省などの権力にすり寄って介護業界で金もうけしようとしている人たちは信用しないほうがいい。彼らは、国家が危機になったとき、真っ先に弱者、介護者を切り捨てようとするが、そのときそれに加担するに違いないから。

どこにも加担せず、ただ生きる。これが難しい。まして、その真っ当な生き方を思想として主張し続けるハンナ・アーレントのように生きるのはもっと難しい。

2014年11月  リハビリの心と力

~かかわりがあなたを変える、生活を変える~

私はかつて稲川さんの講演を聴いていて涙したことがある。彼が講演中に歌った「アンパンマン」の歌に泣いてしまったのだ。ターミナルと言っていい状態が続いている在宅のおばあさんの話だ。介護している家族も主治医として往診している彼にも、この人が生きている意味は? 介護する意味は? と感じ始めていたという。

そんなある日に稲川さんはまだ小さかった長男を往診に連れていく。長男は率直に「おばあちゃん生きてるの?」なんて言う。「生きてるよ。何か歌ってあげてくれる?」そこで歌ったのが「アンパンマン」だ。

どうか歌詞を思い出してほしい。人が生きている意味、介護する意味はこの歌詞で十分ではないか。難しい哲学なんかいらないよ。

稲川さんは異色の経歴をもっている。理学療法士の養成校で私と同期だったが、働き始めるや「医者になりたい」と言い出して医大に合格し医者になってしまった。そもそも、九州大学の農学部を卒業して銀行に就職が決まっていたのを断って、PT になるために養成校にきたのである。

いわば、人生のレールに乗っては降り、乗っては降り……。しかしそのおかげで彼は、PT がわかる医者になった(じつはそんなリハビリ医はほとんどいないのだ)。さらに口腔ケアからターミナルまで、人生に関わる医者が登場した。

彼の最新刊である本書は、そうした人生に関わるリハビリという思想と方法論として読むことができる。だが私がそれ以上に興味をひかれるのは、彼自身の人生に関わる部分である。

なぜは母親を泣かせてまでこの世界に入ってきたのか。認知症となった祖父のこと、シベリアに抑留されていた父のこと、医学生時代の苦労話、大田仁史先生との出会い、私の名前も出てくる。

RC サクセションの忌野清志郎の最後にリハビリ担当医として関わっていた話も出てくる。稲川さんは清志郎から「親方」と呼ばれていたらしい。私の涙腺はゆるみっ放しである。NHK 教育テレビの「にっぽんリハビリ応援団」で落合恵子さんとともに進行役で登場しているのが稲川さん、いや稲川先生である。講座と本書は見逃せない。ぜひ!

リハビリの心と力(新版)著者: 稲川利光
発行: 学研メディカル秀潤社
サイズ: B6変型判 240ページ
定価: 本体1,700円(税別)
発行年月: 2014年11月28日発行
ISBN_10: 4-7809-1166-4




2014年9月  ルネ・ジラール、どの本を読めば…

前回、毎晩読んでる「ルネ・ジラール」について、どの本を読めばいいかという質問を受けた。

『暴力と聖なるもの』(1982年、法政大学出版局)が代表作とされているが、なにしろこの本は高い。(6000円+税!)それに難解。

私のおすすめの1冊は『サタンが稲妻のように落ちるのが見える』(2008年、新教出版社)。これも高いが(3000円+税)前著を紹介した後だから安く感じる。訳も判りやすく活字も大きめで読みやすい。
     
ぜひ感想を聞かせてほしい。

2014年9月  FBが、フェイスブックの略なのだそうだ

何も判らずFBを始めた。「著名人」とあるのは自分で名乗ってるのではなくて、一般と「著名人」の2種しかないのだという。

一般のものは「友だち認証」をして仲間どうしのコミュニケーションをするもの。それに対して「著名人は」公開型で誰でも見られ、コメント参加もできるもの。「友だち認証」の代りが「いいね!」ボタンで、これを押すと、私の投稿が自動的に送付されるらしい。

しかし、人気のあるFBだと、コメントで変な商売や宗教に誘導されることもあるのでチェックが必要になる。私のFBも、「e-かいごナビ」のインフィックがちゃんと管理してくれているので、ネトウヨからの攻撃にも安心だ。

という訳で、パソコンからでも見られるのでのぞいてほしい。紙の媒体=ブリコラージュとの役割分担についても触れている。

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2014年8月  この間読んでいる本は…

この間読んでいる本は、ルネ・ジラールという人のものです。日本で出版されているものはほぼ全部、くり返して読んでいます。

ルネ・ジラールはカソリック教徒です。でも古い護教派なんかではありません。逆に、過激なカソリックです。カソリック恐るべし。この歳になってカソリックに魅かれるとは思ってもみませんでした。

でも、先進国の中で日本にのみ残る死刑の執行も、未開人に残る残酷な自己拷問も、カースト制度や部落差別、いじめや虐待まで、それをちゃんと説明してくれるのは、ルネ・ジラールの「ミメーシス(真似)論」と「供儀(犠)論」だと思うようになりました。

イエス・キリストについて、これだけの”聖書”(公認された4つの福音書だけでなくそれ以外のものも含めて)が書かれ、読みつがれていることの意味を、ルネ・ジラールが教えてくれているのかもしれない。
ぜひ一読を。

2014年7月  2015インドツアー早くも申し込み続々!

2015年2月と3月のインドツアーに早くも続々と申し込みが来ている。2月の3泊5日の方はすでに定員の半分を超える勢い。2泊4日は余裕がある。

やはり、ヒンドゥー教の聖地、ガンジス河での沐浴もできるヴァラナシを訪ねる3泊5日が人気のよう。

しかし2泊3日も私はおすすめ。移動距離が短いのでスケジュールに余裕があるし、デリーからアグラまでの鉄道の旅がセールスポイント。駅にはインドの日常が凝縮している。

さらに<3泊5日>がエアインディアの飛行機なのに対して<2泊4日>はJAL。帰国の便にソバが出たりするのはやはり嬉しい。

さあ早めにご検討を!もちろん私は両方とも参加する。

2014年6月  「ヨレヨレ」の創刊第2号が出た!

第1号もそうだったが、これも無茶苦茶!(もちろん最大限の褒めコトバ)
「ヨレヨレ」の創刊第2号 福岡の「宅老所よりあい」の”セワニン”(=世話人)の一人が編集し大半の文章を書いているという、ブリコどころではない自分勝手な雑誌。

巻頭の「よりあい運営激突史#2」は「広島死闘編」である。まるでヤクザ映画のタイトルだ。広島でのオムツ外し学会での、資金作りのための”行商”のてん末が紹介されている。20数年前の私の写真もある。

次はいつ出るか、いつまで出るか判らない雑誌なので、定期購読するのはBricolageにして、毎号購入しよう。売上は、今も続いている資金作り(500万が億単位になっているが!)に回されるので、一部といわず数部注文すべし。友達にあげるときっと喜んでくれると思うので。

「ヨレヨレ」の創刊号  創刊号目次  創刊2号目次


2014年6月  Bricolage 6月号が大好評!

「7つのゼロ」をめざす、東京・駒場苑の改革報告が施設関係者はもちろん、デイサービスやグループホームスタッフにも刺激を与えている。私の講座や講演会場でも売り切れが続いている。

ついでに私の連載にもぜひ目を通してほしい。「痴呆症老人のコミュニケーション」というテーマで、今回は「気を変える方法② 想像力」と題している。

私のコミュニケーション論は、技術やハウツーではなく、相互的コニュニケーションが成立する条件づくりについて語ってきた。次号の「気を変える方法③」は「妄想力」だ。

妄想がなぜコミュニケーションを切り拓くのか、ぜひ定期購読して読んでほしい。ブリコの宣伝でした。


2014年5月  紙芝居と介護がむすびついた

5月25日は紙芝居と介護がむすびついた歴史的な日となった。ふたつの世界を近づけたのは遠山昭雄さん。私もそのきっかけになれたと思う。

当日のセミナーの参加者は全国各地から250人。介護職が半分、他はボランティアを含む紙芝居の関係者。関西からは紙芝居作家の、”サワジロウ”さんも登場。男性だと思っていた人たちを驚かせ、見事な演者ぶりにも感心。
懇親会には、街頭紙芝居の人間国宝ともいうべき梅田佳声さんも参加、交流を深めた。

私が紙芝居の世界の人たちに感服するのは、威張ってる人がいないこと。介護の世界は一般社会に比べればマシだけど、威張ってる人、威張りたい人がいっぱいいる。紙芝居界と触れ合うことで、その非権力的な体質を伝染させたいものである。

書籍コーナーでは、紙芝居が飛ぶように売れた。それもあって主催者の雲母書房は大阪での開催も決めた。もちろん私も参加する。
决定次第、Bricolage誌上で。

2014年5月  近代人の自意識過剰を

生活リハビリ講座2014が、福岡、広島、大阪、名古屋、東京の順に幕が開いた。介護技術に驚きの声が挙がる。講座を開いて28年めにもなるというのに。

インド 近代人は真似をしない。真似することは自分を失うことだという、セコいプライドを持っているのだろう。

どんどん真似をしてほしい。だから、ビデオ撮影OKとしている。近代的個人の自意識過剰を乗り越えなくては、いい介護は広まらない。この近代人の最大の病気である「自意識過剰」はどうすれば治癒できるか。

私にとっては、老いや認知症に関わることと、インドに出会ったことである。

2014年5月  「週刊東洋経済」の5月17日号の特集が

週刊東洋経済 「週刊東洋経済」の5月17日号の特集が「誤解だらけの介護職~もう3Kとは言わせない」ときた。 「劣悪」を告発するばかりのマスコミによってイメージが悪くなるばかりと腹立たしかったが、ようやくまともな情報を出すところが出てきた。

宅老所・井戸端げんきの加藤正裕さんやNPO法人グレースケアの柳本文貴さんといったBricolage読者のよく知っている人も写真つきで紹介されている。

「介護ロボット」のページは例によって”冗談”としか思えないし、ケアマネのルポは「悲痛な叫び」という従来と同じ紋切り型。
社会福祉法人の特養の課長クラスで年収800万(30代)とか、デイの自営で手取り600万(30代)、フリーのケアマネ(20代)で450万といった収入実態を紹介してくれればもっといい特集になったのに、と思う。

ちなみにこの年収、私の回りの人達への取材の一部。ブラック企業にひっかからないでそれなりの資格、立場があればちゃんと生活できる収入である。しかも安定している。
「東洋経済」に続くマスコミが出てくることを期待する。

雑誌情報はこちら

2014年5月  「痴呆論」がリニューアル 5月15日発行

雲母書房から私の新刊が出た。といっても「痴呆論」をリニューアルして『認知症介護』という新しいタイトルになった本である。

認知症介護 ただ巻頭に『PTSDとしての認知症~人体から人生へ』を書きおろした。
『増補版』で巻末に付け加えた文章を『見当識障害の中身を見よう』と改題して、これも巻頭の第1部に入れた。

特に旧版を持ってる方は、この機会に買って読んでほしいと思う。
本の装丁は軽やかになって気に入っている。これまでと同様、認知症ケアとしては最も売れ続ける本になるだろうと確信している。  詳細情報はこちら

2014年5月  駒場苑、東京でのセミナーや学会を利用してぜひ!

6月号のBricolageが特集する、駒場苑(東京都目黒区)を、それに先立ってマスコミが取り上げている。

「介護現場、進む『排泄ケア』見直し」と題して共同通信が配給、信濃毎日新聞(4月22日付)などに掲載されている。私の「排泄ケアセミナー」も取り上げてもらっている。

6月号を読めば判るけど、ここは入浴ケアも画期的!東京で見学したい施設はなかなかなかったけど、東京でのセミナーや学会を利用してぜひ!


2014年5月  大阪でインドツアー参加者の集い

4月末、大阪で、インドツアー参加者の集いが開かれた。これは、ビーエス観光の添乗員、宮島さんが会社を辞めたので”送別会”をやろう、というので、私の大阪での仕事の日程に合わせてもらったものだ。

山形、鳥取、富山、愛媛、東京などから23人が集合。宮島さんは最初の添乗が私たちのツアー、感極まって泣いて、参加者が成田空港で胴上げしたというエピソードの持ち主。私たちといっしょに、インドを体験し、面白がってきた人で、私と同じく、ヴァナラシが大好きという人。

旅に同行した大阪のミード社会館(日本で介護職養成校の草分け、かって私が特別授業をしていたこともある)のスタッフが中心になって実現した。宮島さん、できたら来年のツアーに、参加者として同行したいそうだ。

それにしてもこの会の盛り上がり!インドを体験したもの同士の共感としか言いようがない。これはとてもコトバでは伝えられない。だから、毎年、回りの人を誘ってインドに連れていっていると言ってもいいだろう。2015年の2月と3月のツアーも発表された。あなたもぜひ!


2014年4月  認知症は"異常"ではなく、"異文化"として理解を

~介護研修は北欧よりインドへ~

数年前から、介護職の人たちと毎年インドに行っているんです。なぜってインドは異質だらけですから。異質なものを異常として切り捨てるのは、文化の抹殺です。かつてヨーロッパの人々がアフリカ大陸やアメリカ大陸の異質な人々に出会ったとき、野蛮だとかいって無理やり服を着せたり…。

それに対してフランスの文化人類学者クロード・レヴィ=ストロースは、ブラジルの奥地で裸で暮らす民族と共に暮らし、西洋とは違う科学、異なる文化があることを著書『野生の思考』の中で明らかにしました。異文化を理解するには、こちらの常識・感じ方を変えなきゃいけない。こちらが自分を相対化したとき初めて、コミュニケーションが成立するんです。

介護職は、認知症や老いという"異文化"に囲まれています。だからこそ、北欧よりインドに行って異文化理解を深めてほしいですね。

~医療は「客観性」介護は「関係性」~

私は24歳のとき12回目の転職で特別養護老人ホームに就職、天職と直感しました。初めて出会った認知症老人は明治生まれのおじいさんで、外出(徘徊とも言う)する前には帽子をかぶるので分かります。職員が『どこへ?』と聞くと『ちょっとロシアへ』。
 
夜中に毎回一緒に歩くのも大変なので、ある職員が『いま、ロシアに行って見たら、留守だったよ』。すると『じゃあ仕方ない、明日にしよう』と落ち着いて部屋に戻られた。この方法、誰がやってもうまくいくわけではない。医療には客観性がありますが、介護には客観性がない。代わりに"関係性"がある。つまり誰が関わったら、こうなりましたということで、人によっては逆効果の場合もある。これが介護の面白いところです。

おばあさんもよく外出します。『うちへ帰る』と言われるんですが、ふだんは伝い歩きなのに目的があると速い!『何しに?』と聞くと、たいてい『子どもが泣いているから』『飯を炊かにゃあいけん』。認知症の人は人生でいちばん輝いていたときに帰るんですね。こういう行動を異常として薬で止めたり、閉じ込めたりしてはいけません。
『ロシアは留守』みたいな"場面転換"で解決しましょう。自分の心を空っぽにして、おじいさん、おばあさんの心の声を聴いてあげてください。

介護は人生に関わる仕事です。目の前のお年寄りの残りの人生が、どうしたら幸せになるかと考える。そこで『何をしたい?』と聞く。『20年ぶりに故郷に帰りたい』。『でも往復6時間掛かるから体力をつけないとダメだよ』。その日から、おばあさんはご飯を食べるようになった。

医学では説明できない奇跡のようなことが起こります。3K職場「きつい、きたない( 臭い)、危険( 給料安い)」なんて言う人もいますが、私に言わせれば『感動・健康・工夫』の3K。環境や生活習慣をできるだけ変えないで、異文化を理解するようにコミュニケーションを!


2014年4月  機内で見た映画とは

映画『ハンナ・アーレント』を見た。1泊3日の弾丸無法インドツアーのJALの機内サービスの映画である。(ついでに前田敦子主演の映画も見た!?)

映画『ハンナ・アーレント』 この映画、Bricolage1・2月合併号の『介護夜汰話スペシャル」で私が紹介したものだが、その私には見る機会がなかったのでラッキーだった。

『イェサレムのアイヒマン - 悪の陳腐さについての報告』の映画化とでもいうべきもので、ハンナ役は俳優が演じているのだが、アイヒマンは記録映画の本物が使われている。

彼女は「世界の知性」と呼ばれていた哲学者ハイデガーの弟子にして愛人で、そのハイデガーがナチに接近していくなか、アメリカに亡命したユダヤ人である。

彼女はもちろんナチズムを許さない。『全体主義の起源』は、そのナチズムが西洋的知性の産物ではないかという深部から指摘した大作である。

しかし彼女はシオニズムをも許さない。国家なき民であるユダヤ人がその国家を求めてイスラエルを建国しようとする(ここでパレスチナ人への虐殺、抑圧が始まる)のがシオニズムだ。

イスラエル国家はアイヒマンを反ユダヤの極悪人として処刑しようとする。だが彼女はそのイスラエルの国家主義に真っ向から挑戦する。そのためにユダヤ人から激しいパッシングを受ける。しかし屈しない。

凡庸な人間が自分の仕事に熱心であることによって大虐殺という悪を成す、その事のほうがほんとうに怖いことではないか。「あいつが悪い!」と言ってればいいとはならないのだ。私も、誰でもそうなりうるのだから。

映画を見た人はぜひ本も!本を読んだ人はぜひ映画も。それにしてもハンナはよくタバコを喫う人だなあ。今ならそれだけの理由でパッシングされそうである。


2014年3月  「よりあい」にまなぶ痴呆性老人ケア

老いとの関わりを学びたければ北欧に行くより日本のケアの実践から学べ、と私は主張してきた。自立した個人を価値あるものとする北欧や西欧と相互依存文化の日本とでは、老人から求められる関わり方が違っているからだ。特に、近代的自我 を前提とする北欧の方法論は、痴呆性老人のケアには向いていないように思う。なぜなら、痴呆とは近代的自我が解体されて「生き物」という自然に回帰していくことなのだから。

家庭の育児力が低下している、といわれている。親による子への虐待が社会問題化している。しかし、では育児ロボットをつくればいいじゃないか、と言う人は一人もいない。育児の本質は人と人との関係だということをみんな知っているからだ。

ところが、老人介護についてはどうだろう。介護力が足りないなら、介護ロボットをつくればいい、と平気で言ったりする。介護は介護力の問題だとしか思われていないからだ。そんな考え方こそが「老人問題」を生み出してきたのだと私は考えている。老人問題は、老人世代に私たちの世代がどう関わったらよいのかという関係の問題なのだと私は思う。

私はかねてから「痴呆ケアを学びたいなら福岡へ行け」と言ってきた。今年10周年を迎えた「宅老所よりあい」と「第2よりあい」の実践から学ぶべきだ、と。「よりあい」は、通って泊まれて住める老人施設である。施設といっても福岡市の住宅街の一角にある借家である。

第2よりあい代表の村瀬孝生さんは、利用者の女性(74歳)をめぐって同僚と張り合っている。そこへ風格のある元副社長の利用者が現れ、三角関係が四角関係に…という小説風のエピソードから始まるのが、村瀬さんが書いた『おしっこの放物線 老いと折り合う居場所づくり』(雲母書房)である。

おしっこの放物線おしっこの放物線
~老いと折り合う居場所づくり~
村瀬孝生 文・絵
定価 本体1600円+税
判型 四六判・並製 208頁
発行 雲母書房  



「私のおなかに、どうも赤ちゃんがおるごたる。 産んでもよかろうか」と、入所者の女性から相談を受けたのは、よりあい代表の下村恵美子さん。 これは下村さんが書いた『九八歳の妊娠』(同)のタイトルになったエピソード。下村さんはまじめな顔で「父親はだれ」とおばあちゃんに問いただすのだ。さて、どうなるか…。

98歳の妊娠
98歳の妊娠
~宅老所よりあい物語~
下村恵美子+谷川俊太郎[詩]
定価 本体1800円+税
判型 四六判・上製 280頁
発行 雲母書房



ここでは痴呆性老人は介護される対象ではなくてエロス的関係の主体であり、客体である。エロスとは男と女が互いを求めることだけではなくて、母と子が、さらには人間と人間が互いのことを求める人間関係の基本である。

老人ケアはエロス的世界の行為でもあるのだと私は思う。そのことが介護の現場からイキイキと表現される時代が来た。最近出版された2冊の本には日本の老人ケアを変えるヒントがある。
              【12月14日、西日本新聞に掲載】


◎関連お薦め書籍

介護基礎学
介護基礎学
竹内孝仁 著
定価 本体2200円+税
判型 B5判 224頁
発行 医歯薬出版


18坪のパラダイス18坪のパラダイス
~デイセンターみさと奮闘記~
田部井康夫 著
定価 本体1600円+税
判型 四六判変形 168頁
発行 筒井書房

痴呆性老人からみた世界
痴呆性老人からみた世界
~老年期痴呆の精神病理~
小澤勲 著
定価 本体3000円+税
判型 四六判・上製 260頁
発行 岩崎学術出版


2014年3月  インド弾丸ツアー無事に行ってきました!

2014年3月11日から13日、1泊3日というインド弾丸ツアー、無事帰国!デリー到着後、ガイドのアローラさんの自宅で家庭風インド料理を頂き、夜の11時ホテル着。

恒例の夜と朝のオールドデリー散策、さらに2日め午前中のオールドデリー散策とサイクルリキシャ乗車。午後からは地元のマーケットにも行き、その日の夜の便に搭乗して3日めの早朝成田着。

「3日目の夜勤には入れます」なんて言ってたけど、ホントにその日夜勤という人が2人もいたのには驚き。でもインドでのハイテンションで乗り切ろう。

さてこの1泊3日、こんなツアーは法律違反だとか。個人が片道づつチケットを買って乗るのはいいのだが、団体ツアーでは国際的な航空会社の取り決めで認められないのだそうだ。サッカーの弾丸ツアーは航空機チャーターだから特別だとか。

ということでこの前代未聞のツアー、今回が最初で最後。添乗員含めた27人は歴史的快挙を成し遂げた無法人ということになった。

でもこのツアー、参加者にも好評、なんとか同じ格安で2泊4日のインドツアー〈オールドデリーとタージマハール?〉を密かに計画中。

恒例の3泊5日コース(2015年2月)はブリコラージュ4月号で日程発表!早めに問い合わせ、申し込みください。

2014年2月  2014「生と死を見つめる旅」第一弾報告

まず、ハプニングが一つ。デリー空港を出たところでツアーの常連の二人が迎えてくれたのだ。「なんでこんなところにいるの!」と驚いたが、じつは直前にツアー参加を決めて私には内緒で添乗員まで含めて「ドッキリ」をしかけたのだ。

india ということで参加者は添乗員も入れて28人となっていたがホントは30人。当日朝の雪で集合を心配したが全員無事成田着。2時間遅れで出発したもののデリー着は1時間だけの遅れですみ、その後は順調。

ずっと天気も良好で心なしか排気ガスも減ったのかデリーで星が見えた。

india ガンジス河から出る朝陽はこれまでになく美しくみんな感激。夕刻の火祭り、翌日の沐浴(希望者のみ)と多い人は3回も聖なる河に向かうという濃い旅である。

特に体調を崩す人も、迷子になる人もなく珍しく無事にツアー終了。
来年もこうありたいものです。

cat 2014「生と死を見つめる旅」写真集

2014年1月  年末年始のことども

Bricolageの読者の方々をはじめとして多くの賀状を頂いた。毎年のように言い訳しているが私には賀状を出す習慣がなく、この欄で代替させて頂いている。
2013年はお世話になりました。2014年もよろしく!

Bricolageの最後の12月号で「東京オリンピックの破綻の6つのシナリオ」を発表したとたん、猪瀬の5,000万円ワイロ事件が発覚し7つめのシナリオが加わってしまった。いったい石原はいくらもらったのだろうか!?
さらに安倍の靖国参拝まで加わって、日本政府はますます世界の常識から離れ孤立を深めているので、私のシナリオの予測が当たる可能性は深まるばかりである。

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年末は家族でスキーだった、というと「まだ滑ってるんですか」と驚かれる歳になった。でもいいよ。スキー場は昔と違ってガラガラだし、なにしろシニア料金で格安で1日滑れるんだから。といってもガンガン滑るわけじゃないから安い訳でもないんだけど。回数券より高くついていたりする有様。

まっ、この歳になったらどう着地していくかが課題で、共に歳をとる同年代の人たちと、続々登場している個性的な若手の介護職の中で自分の存在を少しづつ限定していこうと考えている。それが2014年初頭の志というところか。



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安価な電力 安価ないのち
金と嘘と暴力で作った原発に さよならを
命と自然を売るな、買うな