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介護夜汰話
変えられないものを受け入れる心の静けさを  変えられるものを変えていく勇気を
そしてこの2つを見分ける賢さを

「投降のススメ」
経済優先、いじめ蔓延の日本社会よ / 君たちは包囲されている / 悪業非道を悔いて投降する者は /  経済よりいのち、弱者最優先の / 介護の現場に集合せよ
 (三好春樹)

「武漢日記」より
「一つの国が文明国家であるかどうかの基準は、高層ビルが多いとか、クルマが疾走しているとか、武器が進んでいるとか、軍隊が強いとか、科学技術が発達しているとか、芸術が多彩とか、さらに、派手なイベントができるとか、花火が豪華絢爛とか、おカネの力で世界を豪遊し、世界中のものを買いあさるとか、決してそうしたことがすべてではない。基準はただ一つしかない、それは弱者に接する態度である」
 (方方)

 介護夜汰話

2011 ③
2011年8月  自分自身の見当識のために

~佐々木中の講演録と本~
震災以来、本が読めない。文が書けない。でも、”「介護夜汰話スペシャル」を書いているではないか”と言われそうである。ホームページの「介護夜汰話番外地」にも名指しも含めた批判をいっぱい書いてるじゃないか、とも。

いや、反射的には書けるのだ。でも深い文は書けない。デジタル化を拒否したせいでテレビがないから、夜は時間が余っていて、原稿用紙を前に座ってみるものの、書けないのである。どうやら躁と欝が同時にやってきているようである。震災のPTSD(心的外傷後ストレス障害)であろう。

思想としての3・11 なんとか自分を取り戻そうとして、これまた反射的に関連本を読んできた。その中で評価できるのは『思想としての3・11』(河出書房新社1600円+税)。特に巻頭の佐々木中(あたる)の講演録には心を打たれた。2008年に出版した本の受賞記念講演がちょうど震災の1ヶ月後で、彼は震災と原発を巡る状況の中で、坂口安吾論を語っているのだ。

切りとれ、あの祈る手を 『落ち着きましょう。ここにいる人達はたぶん被災者ではない。最前線にいる人たちじゃない。躁になったり欝になったりしている場合ではない。そんな資格はない』
私は自分が諭されてるような気になった。佐々木中とは何者だろう。私より23歳も歳下の1973年生まれ。東大文学部卒。私と同じ点もある。高校中退。

本屋で彼の2冊めの本を発見した。『切りとれ、あの祈る手を~〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話』。(河出書房新社、2000円+税)
私は自分がどこに位置しているのかがほんの少し判るような気がしてきた。こんな感じは中沢新一の本を読んだとき以来である。

Bricolageの読者よ。介護とは関係のない本だと思わないで、自分自身の見当識を求めているならぜひ読むべきだろう。もし毎月の読書会を続けていたなら、次に読む本として強く推したのは間違いない。

佐々木中の発言集が3冊も

HP及びBricolageの1-2月合併号の書評で取りあげる『切り取れ、あの祈る手を』(河出書房新社)の著者、佐々木中の発言集が3冊も出ている。「アナレクタ」(=拾遺録)というシリーズで、①が3月、②が6月に、そして③が10月に発行されている。

アナレクタ ① 足ふみ留めて アナレクタ ① 足ふみ留めて

アナレクタ ② 昨日のごとく アナレクタ ② 昨日のごとく

アナレクタ ③ 砕かれた大地に、ひとつの場処を アナレクタ ③ 砕かれた大地に、ひとつの場処を

私が彼を知ったきっかけとなった『思想としての3・11』に載った受賞記念講演は、③に全文が収録されている。

文庫になったとはいえ、とても読めそうにはない『夜戦と永遠』(河出文庫・上下)に比べて、こちらの3冊なら、雑誌に書いた短文や、ヒップポップのアーティストとや女優との対談などもあって読めそうである。各2000円(税別)。

『切り取れ、あの祈る手を』に何かを感じた人や、『思想としての3・11』が手に入らない人はぜひ。

2011年11月  投降のススメ

震災チャリティの「詩と音楽の集い」の資金集めのために“手ぬぐい”を作った。谷川俊太郎さんの「言葉」という詩が染め抜かれている。空いたスペースに私の詩じゃなくて、“ア詩(ジ)=アジテーション”も載せてもらった。

投降のススメ

【 投降のススメ 】
経済優先、いじめ蔓延の日本社会よ
君たちは包囲されている
悪業非道を悔いて投降する者は
経済よりいのち、弱者最優先の
介護の現場に集合せよ
(三好春樹)

ついでに、反原発デモで歌うべく歌詞も作った。リパブリック賛歌の替え歌として歌うといいと思うが他にもいい曲があれば教えてほしい。

ワイロと交付金に目がくらみ
命と自然を売り渡す
こんな日本人に誰がした
ああ情けなや情けなや


2011年9月  9・19 反原発集会 速報!

速報!画期的!日本初!全国から介護職、介護関係者が反原発デモ。原発と介護は両立できない!介護者の給料を上げろ!とシュプレヒコール!










もっと見たい方 SlideShow


2011年8月  近況短信

地上アナログ放送の停止と共に、わが家のテレビは映らなくなった。NHKから書類が送られてきて「テレビが見られない理由を述べよ」という欄があったので「見られない」の「られ」を消して「見ない」にして「テレビを見るとバカになるから」と書いて送った。

日本国民は全てテレビを見るものだという大前提を押しつける、これは立派なイデオロギーである。

おかげで、民放のレポーターのわざとらしい表現やかん高い声、“24時間テレビ”や芸能情報に悩まされることもなくなった。その代りに音楽が聴けるし本が読める。音楽はなぜかJAZZを聴きたい心境、本は「大震災・原発」関連の本を読みあさっている。

その本のなかで、テレビを見るのを止めたもう一つの理由に気付かされた。『思想としての3.11』(河出書房新社、1600円+税)の中の、哲学者、小泉義之の文章である。ちなみにこの本、数多く出版されている関連本の中では最も読み応えのあるものだった。おすすめしたい。

『三陸の海岸地域を写しだす高画質の報道写真を見て、そこに見ているものは、明晰ではあるが判明ではないものであると気づかされた。(略)それは麻薬や顕微鏡によって異様に鮮明にされた感覚(知覚、ではない)に似ている。』(注より)

テレビ番組の中身への嫌悪だけではなくて、あの高画質画像への異和が私のどこかにあって、それが地デジを遠ざけたのだと気付いたのだ。どうも、日本人みんなが“麻薬”のよる過覚醒状態を欲しているように思える。その過覚醒と同じだけの、うつ状態も深く進行していて直接見えないだけに怖い気がする。

『躁になったり、うつになったりしている場合ではない。そんな資格はない。それだけです。』同じく『思想としての3.11』の巻頭にある佐々木中(あたる)の講演録からの引用である。この坂口安吾論はすごい! テレビを消して読むべし。

2011年8月  アゴタ・クリストフ追悼

作家、アゴタ・クリストフの冥福を祈ります。彼女の『悪童物語』『ふたりの証拠』『第三の嘘』(ともに早川書房)の三部作は、ドストエフスキーの『罪と罰』とともに、私を圧倒した文学でした。秋の夜長に読み返そうと思います。

2011年8月  原発関連死

認知症ケアの7原則というのを提案している。(『痴呆論増補版』雲母書房)そのうちの最初の3つが、①環境を変えるな、②人間関係を変えるな、③生活習慣を変えるなである。

逆に言うと、環境、人間関係、生活環境の変化に老人たちは弱いということである。なぜならこれらは老人のアイデンティティそのものだからだ。でも老人の環境を変えざるをえないことはある。施設入所もその代表的なものだ。

そんなときに私たちは、せめて人間関係と生活環境を変えないように腐心してきた。これは認知症老人が落ち着くための方法であると共に、認知症にならないための介護の基本でもある。

2011年、原子力発電所の事故による強制避難について考えてみよう。原発50km圏にまで及ぶ地域には多くの在宅、施設の要介護老人がいて、彼らは一度に、環境、人間関係、生活環境の激変にさらされることになった。

認知症に追い込まれているだけではない。アイデンティティを失った老人たちは生きる意欲を失い死へと追いやられているのだ。原発事故で死者は出ていないなんて言わせない。これは「震災関連死」という言い方に倣えば「原発関連死」というべきである。

原子力による安価な電力で競争力のある工業製品を輸出して豊かな日本を作ったつもりが、老人たちの命を安価にしてしまったのである。日本人のエゴの犠牲が「原発関連死」なのだ。

全国の原子力発電所から30km、いや50km圏内の老人施設よ。圏外の2つ以上の施設と契約を結ぼう。互いに何かあったときには利用者やスタッフを引き受け合うという契約を。

震災後、「デマにまどわされないようにしよう」という公共広告が流れていた。そう、福島以外の原発は安全なんてデマに惑わされないで準備をしておこう。

 Read Me Please! 

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安価な電力 安価ないのち
金と嘘と暴力で作った原発に さよならを
命と自然を売るな、買うな