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介護夜汰話
変えられないものを受け入れる心の静けさを  変えられるものを変えていく勇気を
そしてこの2つを見分ける賢さを

「投降のススメ」
経済優先、いじめ蔓延の日本社会よ / 君たちは包囲されている / 悪業非道を悔いて投降する者は /  経済よりいのち、弱者最優先の / 介護の現場に集合せよ
 (三好春樹)

「武漢日記」より
「一つの国が文明国家であるかどうかの基準は、高層ビルが多いとか、クルマが疾走しているとか、武器が進んでいるとか、軍隊が強いとか、科学技術が発達しているとか、芸術が多彩とか、さらに、派手なイベントができるとか、花火が豪華絢爛とか、おカネの力で世界を豪遊し、世界中のものを買いあさるとか、決してそうしたことがすべてではない。基準はただ一つしかない、それは弱者に接する態度である」
 (方方)

 介護夜汰話

2010 ~
2010年12月  認知症老人のコミュニケーション覚え書き
        その④介護の世界のストーカー
突然だが、私には“ストーカー”と呼ばれる人たちの気持ちがわかるような気がする。相手から拒否されても「本当は自分のことが好きなのに違いない」と思い込んで、嫌がられようがつきまとって求愛を続ける、というのが“ストーカー”である。

なぜわかるかというと、そうした状態はある種、楽な精神状態だと思うからだ。なぜなら彼や彼女たちは、他人によって自分が相対化されるということを拒否しているのだと思う。
これは楽だろう。外の世界、つまり自分が好きな相手がどう思っていようと、自分の精神の内側だけで世界をつくりあげているのだから。そうすれば現実から傷つけられることはない。

相手は自分を好きなはずだ、好きになるはずだという強い思い込みをもっていて、それを相対化しようとしない人が、その相手はもちろん、社会に迷惑をかけることになるのは当然だろう。
介護の世界にもそんな勝手な思い込みの老人観をもっている人は少なくない。「声かけ」が大切だと訴えたり、したがる人に多い「誰からも声もかけられないさみしい人たち」という老人観。「傾聴」をしたがる人に多い「誰からも話を聞いてもらえないさみしい人たち」という老人観など。

こうした一方的で画一的な老人観をもった人は、ボランティアや「老人問題」を語りたがる「市民」に多い。語りたがるのは「老人問題」であって「老人介護」についてではない。
一般の人たちの老人観が一方的で画一的だから、ボランティアや「市民」はそれを反映しているのだ。

かつて私はこう書いた。
老人ホームには、ときどき“慰問”がある。入所者は、かわいそうな、慰めるべき存在だということである。(中略)この慰問を喜ぶ老人がいる。岡田マサさんは一番前の席に陣取って、さかんに拍手を送っている。踊りが終わると同好会のメンバーの手を取って「ありがとうございます。よかった、よかった」と涙を流さんばかりの喜びようである。ところが衣装を着替え化粧を落として帰路につく慰問団を、ホームの玄関まで出てきて手を振って見送ったあとでこういうのだ。「ありゃへただったね」。私は驚いて「あんた、あんなに喜んどったじゃないの」というと、「せっかくきてくれたんだから」。
(「老人介護じいさん、ばあさんの愛しかた」新潮文庫)

さすがに介護職員にはこんな老人像をもっている人はほとんどいない。もちろん就職したときには一般の人の老人像と変わらない。でも現場に数日いるだけでその老人像は打ち砕かれる。林田マサのように、世界を渡る術を身につけている。老人には、やさしさもあればずるさもある。目の前の老人によって自分の老人像が相対化されるのだ。何しろ毎日、生活中の老人に関わっているのだ。相対化されるほかないではないか。

しかし、老人が自分の一側面しか見せない場にしかいない人にはそうした機会が少ない。ときどき介護現場にやってくるボランティアもそうだ。さらに、老人が“患者”としての一側面しか見せにやってこない医療現場も相対化されることは少ないだろう。だから医師や看護師は、たとえ介護現場で仕事をしていても、“患者”という治療の対象者としての老人像からなかなか離れられない。おそらく、自分自身の老人像の中で自己完結した世界にいれば楽なんだろう。ストーカーみたいに。

いくら介護現場で老人に直接関わっていたとしても、ストーカー的精神構造から解放されない人もいる。「人権」とか「ヒューマニズム」なんていう理念の側から老人を見ている人たちにそういうタイプが多い。これも私は文章にしたことがある。

私は『生活リハビリ講座』というセミナーを開催して飯を食っているのだが、その講座に熱心に通っていた当時三十代の女性、Aさんは、講座の終了した会場でももちろん、酒場でも熱心に老人介護の話を続ける人だった。(中略)そのときは、熱心な人だな、という印象であった。だが、私の講座は当時毎月一回開催されていたので、一カ月ごとに受講者とお会いし、何人かと一杯やるのだが、そのうち彼女の話にグチが入るようになった。自分がこんなに熱心にやっているのに相手が認めてくれない、というのだ。

老人の立場に立って仕事をしているのに、管理職や同僚が認めてくれない、というグチはたくさん聞かされてきた。だが、老人が認めてくれない、というグチは珍しい。私は思った。この人は、口では老人が好きだといっているけれど、ほんとうは、老人を介護している自分が好きなだけではないだろうか、と。はたしてさらに一カ月後、彼女は「うちの施設の老人には感謝の心がありません」と言い始めた。

私たちはシラけ、誰も彼女と話そうとはしなくなった。彼女がイメージしている施設の老人とは、不幸な弱者なのである。そんな人に対して自分は真心と熱意で休みの日まで使って尽くしている。そんな自分ってステキ!(若い人ならここにハートのマークでも入れるところだ)??そう思っていたいのだが、現実の老人は“不幸”でも“弱者”でもない。そうだとしても、それは一面でしかない。(中略)そんな老人たちに“感謝の心”を期待しているような人は、三日は続くが半年ももたない。

実際に彼女は四カ月目に施設を辞め、その後、私の講座にも出てこなくなった。風の便りによれば、マザー・テレサの跡をつぐといってインドへ旅立ったとのことである。私には、彼女はもっと“不幸な”人を探しにいったのだろうと思えるのだ。岡田マサみたいに文句や注文をつけたりせず、ましてや、介護する側を憐(あわ)れんだりしない、もっと不幸な人を。そこでは“介護するステキな自分”像は壊されることはないし、彼女の老人像、人間像は無事なままなのだから。(「老人介護じいさん、ばあさんの愛しかた」新潮文庫)

じつはこの文章、京都府教育委員会が発刊した「人権学習資料集 高等学校編」に収録されたのである。マザー・テレサのところを除いてだが。私は「人権」なんて抽象的外来語で語ることに皮肉ばかり言っているのだが、それをおもしろがる関係者もいるのである。
結論。ストーカーにはコミュニケーションは無理だ。

2010年12月  この映画を是非見てほしい

2010年最後の仕事を終えました。
年末年始、この映画を是非見てほしい。前作「ただいま~それぞれの居場所」はヒットして全国で上映されたが、「9月11日」は、そんな大衆性がある作品ではないので、自主上映以外は今後各地で上映される可能性は低いと思う。

でぜひこの年末年始に上京する機会を作ってでも見てほしい。 その際、パンフレットをぜひ購入してほしい。1500円と少し高いが、おすすめだ。というのも「9・11広島介護バカの集い」の7人の全発言が収録されているのだ。

これが実に面白い。話しコトバそのまま(例えばヒロシマ弁も)なので雰囲気や口調まで伝わってくる。もちろん映画を見てから読めば臨場感まで感じられる。 このパンフ、上映館でしか売れないのだという。私は20部くらい買っとこうと思う。

白黒の表紙は、ロック界最高のアルバムの表紙と私が思っている RollingStones の「out of our heads」を思い起こさせる。

みんないい顔してるなぁ。ひょっとして優秀な奴ばかり介護界に集まっとるんと違うか!?いや、優秀な奴はいっぱいいても、日本の企業や役場の中でダメにされてるんだろう。
介護こそ残り少ない才能を生かす解放区なのかもしれない。

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ドキュメンタリー映画 【9月11日】
Love & Pease & Care2010 in ヒロシマ~介護バカの集い~
2010 in ヒロシマ~介護バカの集い
自ら理想とする介護を実現しようと、若者たちが立ち上げた7つの施設・事業所の日常と、彼らが主催・出演したイベント「Love & Pease & Care2010 in ヒロシマ~介護バカの集い~」を記録したドキュメンタリー。
2010年12月18日(土)より、東京:ポレポレ東中野にて


2010年9月11日、広島・・・20世紀と21世紀の歴史を象徴する場所と日付に、自らを”介護バカ”と呼ぶ若者たちが集まった。介護だけにとどまらず、歴史、文化、哲学と縦横無尽に繰り広げられるトークセッション。

人が老い、死ぬということと、日々向き合い続けている彼らが紡ぐ言葉は、新しい生き方、新しい価値観の創造を予感させる.そして、それを実践し、表現する彼らの日常・・・。

監督は、「ただいま それぞれの居場所」で、介護現場のいまと希望を描き、本年度文化庁映画賞「文化記録映画大賞」を受賞した大宮浩一。前作から、間髪を入れずに制作・公開される映画「9月11日」には、21世紀初頭の、現在進行形の”静かな革命”が、なまなましく息づいている。

映画に出演している若い介護職は、”アンダーグランドケア”というコトバを創り出した。「介護という仕事をしてるだけで反体制なんですよ」と言うのだ。永遠に進歩、発展することを至上とするこの世の中で、死に至る老いに関わる介護者たちは、たしかに価値観の破壊者であろう。

政治的テロや革命は新たな抑圧をもたらすだけだが、この映画の介護者たちは、誰もが息苦しいこの世界に風穴をあけているのだ。21010年9月11日ヒロシマから静かな合法的テロが始まった。

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12月26日、東中野のポレポレに行ってきた。上映後のトークのためだ。会場はほぼ満員。ただ、あまりに急な上映決定だったので平日はイマイチだそうだ。

トークの後、大宮監督と2人でパンフレットへのサインをした。パンプレットを買っていく人が多い。映画を見たら3時間のトークを知りたくなるだろうと思う。さらに「感激しました」と言っていく人が続出。私は私だけが面白がってるのかと思っていたがそうではないらしいと判って安心した。

会場には、出演者7人うちの1人、茨城県の高橋知宏さんも来ていて、みんなの拍手を浴びた。パンフレットには7人それぞれの文章ものっていて(個性的!)、彼は「米を送ってくれ」と書いたら、ほんとに送ってくれた人がいたと感激していた。

このパンフレットには私の書いた「新しい世界」という文も載っている。目を通してほしい。このパンフ、上映館でしか売れないらしいのでぜひ映画館へ。


2010年11月  認知症老人のコミュニケーション覚え書き
        その③介護現場での「傾聴」の限界
「コミュニケーション」と名づけられたセミナーには人がよく集まる、と9月号に書いた。じつは「傾聴」をテーマにすると女性や中高年がたくさん来るのだという。そういえば、公民館や福祉セミナーで「傾聴ボランティア養成講座」なんてチラシをよく目にする。
「傾聴」はケースワークの面接技法の一つである。相手の話に疑問を呈したり、自分の考えを言ったりしないで、聞き役に徹するというもの。「受容の原則」の具体的方法の一つと考えてもいい。

ある特養ホームの話である。地元の社会福祉協議会のボランティアグループから「傾聴ボランティアをしたい」と申し出があったという。生活相談員は、「傾聴」が何であるかぐらいは知っていたが、それを必要とする老人は思い浮かばなかった。でも、地域の人が施設に来てくれるだけでもいいことだと考え、迷ったあげく、家族の面会がほとんどなくて訴えの多い入居者(84歳・女性)の話を聞いてもらうことにした。

子どもに手がかからなくなったのでボランティアを志望したという女性が週に1回やってきた。最初は面会室で2人きりだったが、入居者の女性が面会室を嫌がったため、2回目以降は談話室の片隅やベッドに寝転んだままの「傾聴」となった。

ひと月半経過した日のことである。「傾聴」が終わって、入居者はボランティアに機嫌よく手を振り、姿が見えなくなると、大きくため息をついてこう言ったという。
「あの人が来るとしゃべらんといかんから疲れる」。
笑い話みたいだが、ホントの話である。先日、「第2宅老所よりあい」の村瀬孝生さんも同じような経験を講演でしゃべっていたから、どこにでもある話なのだと思う。

私は真面目なボランティアを批判したり、意味がないと言うつもりはない。ただちょっと、皮肉を言ってみたいだけだ。
何に対する皮肉かというと、彼らの老人観に対してである。9月号でとりあげた、老人に「声かけ」が必要だと思い込んでいる介護職は、老人を「誰からも声をかけられないさみしい人たち」というステレオタイプに考えている。それと同じように、「傾聴」をしたがる人は、老人のことを「誰にも話を聞いてもらえないでストレスを溜めている人たち」と思い込んでいるのではないか。

もちろん、そんな老人はいるだろう。でもみんながそうだと思うのは、貧困で画一的な老人観だ。傾聴の相手として選ばれた84歳の女性について、生活相談員は、こう語っている。
「話を聞いてもらいたがっていると思ったんですがねえ。でも、職員に何かと訴えて、とても専門的とは思えない“おばちゃん”介護職にやんわりと断られたり、ときに皮肉を言われたりして、『あーあ、誰も相手にしてくれん』と嘆くのを楽しんでいたような気もするんですよね」

もちろん、介護現場には最低限のプライドすら打ち砕かれて、自分を失いかけている老人がたくさんいる。病気や障害に打ちのめされている人、家族から見捨てられたと思っている人、病院で手足を縛られ、薬を盛られて世界との信頼関係が崩壊した人。そんな人に「傾聴」は有効かもしれない。
さらに、とんでもない介護によって打ちのめされている人だっている。兵庫県西宮市で「つどい場さくらちゃん」という介護家族の“たまり場”をつくっているマルちゃんこと丸尾多重子さんが、活動を始めるきっかけとなった話をしてくれた。

彼女は介護から突然解放されてボーッと家に閉じこもっていたときに、「一級ヘルパー養成講座」の募集案内を見た。すでに二級は持っていたので、少しは社会に出なければ、と応募したという。
特養ホームでの入浴実習でのことだ。ストレッチャーに縛りつけられたおばあさんが泣き叫びながら連れてこられたという。それを寮母長が怒鳴りつけながら“介護”していたというのだ。

新米らしい若い男性と実習生の丸尾さんは一言も発せず、泣き声と怒鳴り声の中で寮母長の指示に従っていたという。
彼女はこれで“ブチギれた”。「資格なんかどうでもいい、これが介護か!」と言うべきことを言って、その足で“たまり場”をつくるために不動産屋へ走ったのだった。

こんな介護現場なら「強制入浴」させられているおばあさんだけではなく、おそらく入居者の大半が言いたいことも言えないでいるだろう。いくら「傾聴」する人がいても足りないではないか。
しかし、こんな現場に必要なことは「傾聴」だろうか。違う。こんな介護を変えることだ。
80年も生きてきた人に、生まれてはじめての“特浴”なんて大げさな機械で入浴させるのではなくて、これまでの生活習慣を大切にした入浴をつくることだ。

幸い、家庭用の小さな浴槽こそが最も障害老人の入浴に向いていることは明らかになってきた。特別な技術はなくても、特養ホームや老健入居者の9割ぐらいはふつうのお風呂に入れることもわかってきた。さらに、ちょっと特別な移乗介助法をマスターすれば(もちろん老人との人間関係ができていることが条件だが)、10割も夢ではないことも実証されている。

いますぐ、そうした新しい入浴方法はできないにしても、入浴ということも理解できず言語的コミュニケーションがとれない人たちに、機嫌を損ねないで風呂に入ってもらうぐらいの方法は、現場に蓄積されているはずではないか。
それをしようとしない介護現場での「傾聴」は、尻ぬぐいにもなるまい。

2010年10月  認知症老人のコミュニケーション覚え書き
        その②「声かけ」が過剰ではないか
前号で「上手な声かけのしかたを考えてください」という質問に対して、私は「用もないのに声をかけるな」と少し意地悪く答えると書いた。周りを見渡してみてほしい。用もないのに意識的に、言い換えれば、わざとらしく声をかける介護職が本当に多いことに気づくだろう。

ある病院に併設されたグループホームを見学させてもらっていたときのことである。ちょうど夕方の日勤者と夜勤者の引き継ぎの時間帯で、入居者たちは居間にそれぞれが座っているという状況だった。
そこへ、引き継ぎが終わったらしい夜勤者が入ってきた。一瞬、入居者が緊張したのがわかった。中年の女性の夜勤者から反射的に目をそらした人もいた。私は「ああ一晩大変なんだろうな」と思った。夜勤一人では相性のよくない職員だと気が休まるひまがなかろう。

さて、その職員は居間に入るや、一人ひとりの老人に“声かけ”を始めた。いかにも明るそうなタイプで“声かけ”も大声だ。老人は耳が聞こえにくい人が多いから介護職の声が大きくなるのは職業病の一つだが、それにしても少々大げさである。
おそらく、“お客さん”がいたから余計に意識的になったのかもしれない。私のことは、親の入所を検討するためにやってきた見学者だと思っているはずである。

でも、これは「コミュニケーション」とは呼べない。見ていると気づくが、彼女は自分が“声かけ”をするだけで、それに対する老人の反応は見ていない。興味もなさそうで、一人に声をかけると、すぐに他の人に声をかけて歩く。
明るい笑顔で大きな声で「今日夜勤だからよろしくね」なんて言っているのだから、はじめて介護現場にやってきた家族なら、陽気な雰囲気だなと感じるかもしれない。

でも、介護現場を知っている人ならそうはいかないはずだ。これは、見学に来ている第三者の前で、私は“声かけ”を忘れないいい介護職だ、ということをアピールしているのにすぎない。もちろん、第三者がいないときには、自分自身にそれを確認しているのだ。

じゃあ、用があるときに声をかけるのはいいだろう、というこれも問題があると言わねばならない。“声かけ”が過剰なのだ。
これはおそらく、学校での介護実技のテスト、介護福祉士の実技試験の合否に“声かけ”が重視されていることが原因の一つであろう。
介護福祉士の実技試験では「どんな方法でも声かけさえしてやれば合格になる」とさえ言われたことさえあるくらいである。そこまでではなくても、実際の技術より“声かけ”を評価する傾向はかなり強い。これは困ったことである。技術は大切である。だって、よい技術こそが最もよいコミュニケーションになるはずだからだ。

だが実際には、技術のなさ、あるいは間違った技術をごまかすかのように“声かけ”が多用されているとしか思えない。
居間で車いすに座っている老人のところに、入浴担当の職員がやってきて、居間に入るや否や声をかける。「○○さーん、お風呂ですよー」。しかし、本人の視野のはるか遠くから声をかけられても、自分が呼ばれているとさえ思えないまま、突然車いすが動き出す、いったいどこに連れて行かれるのだろう、というのが老人の側の印象であろう。

職員の側は、スタッフの多くが入浴ケアで奮闘していて、老人はその順番のために待っているのだから、風呂に入るのだということくらいわかっているはずだ、と思い込んでいるようだ。
しかし老人は、今、ここにいるとは限らない。何十年か昔の時代に、そしてその頃いた場所に回帰しているかもしれない。はっきりとした特定の時代と空間でなくても、今ここではない“内的世界”にいるかもしれない。だって私も、著書にサインを頼まれ、日付を入れてくれと言われると、迷いもなく19?と書き始めてあわてることはよくある。今年は2010年だから10年以上も前の世界にいるつもりなのだ。
もちろん“いま、ここ”という客観的世界は大切である。しかし、老人が主観的に思い込んでいる世界をも私たちの世界に含むほうが、豊かな世界といえるのではなかろうか。
こうした“コミュニケーション”は、私たちの客観的世界を老人に押しつけるものだし、老人の固有の内的世界を壊してしまうものだろう。
こうした“声かけ”を見聞きして私が思い出すのは次の詩である。
 
 【不安】
パジャマに着がえて寝てください
暗くなるたび、言われるけれど
「ぱじゃま」も「きがえ」も「ねてください」も
何のことだか、わからない
「かけぶとん」も「うわばき」も
「めがね」も「まくら」も「はぶらし」も、わからないから
服のうえから、ねまきをはおって歩いてみる
窓に、けしきが、ながれている
あかりのなかの雨、のようだ
匂いはしない
はだしになって、椅子のありかをひきよせる
わからない
じぶんはいつまで、この病院にいるんだろう
病院じゃあない、ホテルだよ、ここはね
老人ホテルだよ
息子のようなおとなが声で、おしえてくれた気がするが
「ほてる」もさっぱりわからないし
じぶんの数もわからない
ひとりのようで、ふたりのようで
娘のようで、老婆のようで
むかしは、ひとの親までこなした、そんな気丈な女のようで
もどることができるだろうか
何から、はぐれてきたんだろう
わたしは、パジャマを、おそれている
わたしは、ねまきをもっている
からかみを、背景にして大笑いするあの女
写真のなかのばあさんを
わたしとおもえたことがない
椅子にはさんだ、絹ざぶとんの、ほこりっぽい匂いのなかに
じぶんにちかい湿気があるが
窓のけしきはながれない
わからない
感情だけが、ぽつんと生きのびているようだ
雨の数は、やがて、はやい
椅子から、おしっこがわいてくる
わからない
写真の女の、口をまねして笑ってみる
床がしっとり匂いだす
長谷川さぁん、と呼ばれている
「最後の椅子」(齋藤恵美子 著・思潮社)より

2010年10月  ヤクザの縄張り争いにはウンザリ!
        イマジンでも聞くことにしよう

東アジアの死刑を存続している三流国家同士による”国境問題”=ヤクザの縄張り争いを巡る日本の政治家やマスコミの動きはひどいものである。

まず菅や前原の言う「固有の領土」なんてものはありえない。歴史的領土があるだけだ。そもそも地球上の全てを国境で分割してしまおうというのは、近代国家の仕業である。アフリカや中東の国境を見ればそれがよく判る。民族も宗教も歴史も無視して、ヨーロッパの大国同士の都合でまっすぐの線が引かれている。

東アジアで他に先んじて”近代”という武器を手に入れた日本が勝手に線引きしたのが”固有”の領土なのである。だから朝鮮、中国、アジアへと侵略して人殺しをした日本のその侵略の第一歩だと中国や竹島を巡って韓国が主張するのも一理ある話である。

もっともどこの”領土”になったところで資源が乱開発され自然破壊が起こるのは目に見えている。そんな20世紀的方法はもうやめればいい。どの近代国家にも属さないのが一番いいのだ。南極大陸みたいに。尖閣も竹島も北方四島も国連管理にして世界遺産にするのが最も人類にとっての利益になる。それが21世紀的発想である。

事件そのものの報道も大問題だ。あんな小さな漁船が巡視船にぶつかるなんてのは自殺行為じゃないか。そんなことをするだろうか。権力は何でもするということは、厚労省職員のえん罪でも明らかだというのに、こと外国人相手となると、権力側の言い分をそのまま正しいと信じ込む日本人はどうなっているのか。

権力は嘘をつく。もちろん、中国政府も。どっちも信用しない。ヤクザ同士の争いには加担しないというのが健全なカタギの生活者の道である。日本政府を「弱腰」と批判する連中は、「もっと立派なヤクザになれ」と言ってるようなものだ。近代国家がヤクザをやめることこそが現代の課題である。

しかし、近代国家のヤクザ性を無化していくこと、ヤクザにならない共同性のあり方をイメージしていくこと、それは夢物語に思えてくる。日中両国の反応を見ていると特にそう思える。中国には官製の報道しかないからしょうがない。でも多くの中国人は官製報道なんか信じてないからまだ救いがある。

日本には報道の自由がある、とみんな思っている。その”自由”では「固有の領土」なんかない、という学問的には当り前の意見すら登場しない。海上保安庁の発表を検証しようとする動くすらない。この狭少なナショナリズム!日本がかって国家による集団人殺し=戦争に突入していったのさえ不思議ではない。報道の自由があるという幻想を持った日本のほうがよほど危険ではないか。

こんな状況に絶望しかったときどうするか。まず、ベネディクト=アンダーソンの「想像の共同体」を読む。近代国家を無化する思想がここにはある。ついでジョン・レノンの「イマジン」を流す。この曲、「9.1」の後などでは放送禁止になるという曲である。そんなに危険かよ、と思うが、「宗教も国家もいらない」というつぶやきすら世界は許していないのだ。さらに「幼年期の終わり」(アーサー・C・クラーク)というSFを読む。今までの人間の歴史は幼年期に過ぎないのだ、と考えれば、この状況にも耐えられる気がする。


2010年9月  認知症老人のコミュニケーション覚え書き
        その①「声かけ」のしかた?

どうもこの日本には理念とか思想とかいうものはないらしい。日本人を60年もやっててやっと今頃わかったのか、と言われそうだけれど。少なくとも社会も人も理念とか思想とかでは動いてはいない。
では何で社会や人が動いているか。どうやらその正体は“ブーム”である。老人介護の制度政策すらブームで決まる。さらに政治もそうで、ブームで政権がコロコロ変わる。

介護現場にもブームがある。ほとんど一過性で、日本中の介護現場が夢中になって研修に押しかけたりしたものも、2年も経つとその名前すら忘れられている。
そのなかで「コミュニケーション」なんてのは珍しく長続きしているブームで、「高齢者やその家族とのコミュニケーションのとり方」なんてテーマの講習会には人がよく集まるという。ただそれも、クレームをうまく処理して裁判沙汰にならないためのテクニックを求めて参加する人が大半らしいけれど。

コミュニケーションを大切にしよう、という命題に異議を唱えている人はまずいない。私にも『関係障害論』という本があって「主著」として挙げられることが多くて、これも「コミュニケーションを大切に」という本の一つだと思われているらしい。

セミナーのテーマも「関係づくりの介護」なんてつけているから、これも「コミュニケーション」の流れだと思われている。ま、そう思ってセミナーに参加してくれるのはありがたい話である。勘違いではあるけれど、それほど大きな勘違いというわけでもないからだ。
私は、「コミュニケーションを大切に」なんて言う気はない。そもそもそうした言い方をする人たちにはア・プリオリに、つまりは無前提的に「コミュニケーション」とは何かがわかっているらしい。それが疑問なのである。

まず語られるべきは、コミュニケーションとは何かということだ。まして認知症老人のコミュニケーションとなると、そこから問題を立てていかねばならない。
今私は「認知症老人のコミュニケーション」と書いた。でも一般的なセミナーのテーマはそういう表現はしないだろう。そのほとんどは「認知症老人との44コミュニケーション」となっている。

つまり、コミュニケートする主体としての私たちは、これまたア・プリオリにコミュニケーションが可能であると考えられているかのようである。コミュニケーションが不可能、または困難なのは、その私たちが認知症老人を相手にするという特別な場合であると思われているのだ。ここでは認知症老人は私たちからコミュニケートされる対象でしかない。

でも私のテーマは違う。「との」ではなくて「の」である。私が興味があるのは、認知症老人からのコミュニケーションである。それが私たち、つまり非認知症の側に届くかどうか、私たちがそれを受け止める力をもっているかどうかを問うてみたいのだ。
したがってここでは、「コミュニケーション」は自明のものではない。認知症老人のコミュニケーションとは何なのかが問われるからだ。だって私たちがコミュニケーションだとは思っていないもの、たとえば、「問題行動」として排除、抑圧、無視しているものこそが認知症老人のコミュニケーションだとすれば、コミュニケーションを不可能、困難にしているのは私たち、非認知症の側にこそあると言わざるをえなくなる。

しかし“ブーム”としてのコミュニケーションは、私たちのコミュニケーション能力には問題はないことが前提になっている。でも相手は認知症だから、コミュニケーション能力が劣っている。そこで、私たちに必要なのは、劣った能力の人にもわからせるためのちょっとした技術である。それを求めてセミナーには人が集まる。

さらに私の講座の終了後、次のような質問をする若い人が増えている。
「認知症老人への声かけが大事だと思うんですが、上手な声かけのしかたを教えてください」
私の答えは少々意地が悪い。
「用もないのに声をかけるな」
だってコミュニケーションとは何か用があるからこそ行われるものだろう。用があってそれを伝えねばならない、その結果「声かけ」なのであって、「声かけ」そのものがあるわけじゃない。

そもそもこうした質問の背後には特定の老人観があるとしか思えない。つまり「誰にも声をかけられないでさみしがっている老人」という老人像である。たしかに個別にはそうした老人がいるだろう。でも大多数の老人はもっとたくましく生きてきた人たちだ。もしそんな老人がいたとしても、介護職が「声かけ」することで問題は解決するだろうか?
そうではなくて、誰からも声をかけられることもないという状況そのものを変えることこそが介護という仕事ではないか。

食事、排泄、入浴をできるだけ老人を主体にする方法にしていくこと。そのためには具体的なコミュニケーションが不可欠になるだろう。老人同士の「仲間」と思えるような人間関係をもっていくこと。そのために介護職は媒介=きっかけになればいい。
家族とのコミュニケーションこそ基本である。面会に来てもらおう。家族がいない、来ない人には特定のボランティアに「家族代わり」になってもらおう。そうして介護職が「声かけ」なんかしなくていい状況をつくることこそ介護という仕事なのである。


2010年3月   介護のコトバ

( 2010・03・17 毎日新聞くらしナビ欄 「介護のコトバ」掲載記事)
【 し 】私物 ‐‐‐‐ 「自分」を確認できるもの

「いい老人施設とそうでない所を見分ける方法を教えてください」。介護家族からよく受ける質問である。私の答えはこうだ。まず施設に行ってみること。

行政や第三者評価のデータなんか信用しないで、自分で見て聞いて感じることが大事です、と。だって自分の親の人生を託すんだもの。まず利用者の部屋を見せてもらおう。一番のチェックポイントは、私物がどれだけあるかということだ。

私は全国を講演して歩くのが仕事なので、年間180回もホテルに泊まる。夜中に目が覚めホテルの天井を見て「ここははどこ」と思うことはよくある。自宅ならまわりに私物があるからそんなことはないけれど。

私物が何もなくて、白い天井と壁とシーツだけだったとしたら、老人が「ここはどこ」だけでなく「私は誰」となっても不思議ではあるまい。私物とは「人生をともにしてきたものであり『自分が自分である』ことを確認できる身近で具体的なもの」 (『実用介護事典』講談社)なのである。

しかし私物を置かせてくれない施設は多い。「他の認知症老人が持って行ってトラブルのもとになるから」という理由が最も多い。でもトラプルのない生活なんかないはずだ。

それどころか、迷惑をかけ合うことこそ人間関係の基本ではないのか。母子関係だってそうだ。入所者同士のトラブルこそ、ともに笑ったり泣いたり、けんかしたりする人間関係作りのきっかけにすべきなのだ。

先日、講演先で母親が施設入所している人の話を聞くと、そこでは時計もカレンダーも置かせてくれないという。行政はどんな指導監査をしているのだろう。

「宅老所」という名は使うなとか、自主事業はいっさい認めないなんて指導をしている暇があったら介護の中身をチェックしてくれ。我が故郷だけに情けない。

2010年1月  「なるほど納得介護」の最後の収録

3年間続けてきたNHK教育テレビの「なるほど納得介護」の最後の収録が終わりました。3年で29本もの番組を作ってきました。収録後、NHKのスタッフが私とモデルの土居さんとに“ご苦労さん会”を開いてくれましたが、そのとき取材先などからメッセージを頂いてきてくれました。
なかなか励みになる文章で、ガラにもなくジーンときたりしたので、ヨイショしてもらってることを承知の上で紹介させてもらいます。
通所介護事業所玄玄 藤淵安生
いろ葉 中迎聡子
関東病院 稲川利光
鶴舞乃城 高口光子

--------------------------※ 通所介護事業所玄玄 藤淵安生
3年間にわたる“なるほどなっとく介護”本当にお疲れ様でした。放送が始まると聞いた3年前、僕たちの現場、玄玄のオープンの年でした。「1年間、全10回の予定でNHK]と聞いただけで、とても興奮したのを覚えています。毎回、映像を通して、介護の基本中の基本、とても大事で丁寧な部分をわかりやすく番組にまとめられ、毎回ビデオに録画して周りのみんなと拝見させていただいておりました。

2年目、番組が続くと聞き、僕は三好さんに「認知症についても、三好さんの番組で企画してください」と、お願いしました。
3年目、「三好さんがNHKで認知症について話すのは無理なんだろうなぁ」と思っていたら、なんと認知症についての番組が企画されました。
それだけでも、僕の念願だったのですが、取材先として、僕たちの現場、玄玄を取材していただき、少しでも番組に協力できたことは、本当に一生の記念ですし、大変誇りに思っています。三好さんは執筆、講演などを通じて、なんにもできない僕たちでも今日からできること、お年寄りにやっちゃダメなこと、そのヒントをたくさんくださっています。

そしてその日々の小さなことの積み重ねが、実は介護、お年寄りには大変重要なことなんだよと教えてくださっています。これは全国の、僕たち介護現場にいる者にとって、大きな励みになっています。また、この3年間さらに多くの人にブラウン管を通して伝えられたことは、介護職はもちろん、多くの介護されているご家族にとっても大きな力になっていると思います。

ちなみに”徘徊”ではなく“歩き回り”で取材された“青木一郎さん”のご家族の声かけが、メチャメチャうまくなりました。番組の影響だと思います。娘さんが「青木さ~ん、帽子忘れとるよ~」とよく言っています。

番組は終わりますが、また今後も、三好さんのさらなるご活躍、ご健康を心よりお祈りいたしております。重ね重ね、本当に3年間お疲れ様でした!それでは、僕はまた、介護の音の中に潜ろうと思います。
ありがとうございました。

--------------------------※ いろ葉 中迎聡子
思えば10年前、介護の「か」の字も何も知らない、現場をイメージすらできない研修中に「三好春樹イズム」を1ヶ月間延々と学ばされました。私にとって「三好春樹」は遠い遠いリアルではない存在でした。

一年後、「三好春樹が鹿児島に来るぞ!」と田上先生に言われた私は、思わず「えっ、三好春樹って生きているんですか?」と驚いたのを今でも鮮明に覚えています。

偶然にも私の誕生日に三好さんは鹿児島に来ることになっており、「記念にリアル三好春樹の話を聞いてみよう。」とセミナーに行くことにしました。その頃の私は「施設介護」に納得できず、この業界から足を洗おうと考えていましたが、三好さんの話がポカリスエットのように身体に心地よくしみわたり、もう少し頑張ってみようとエネルギーチャージされました。

それから今日まで、三好さんの話を何度も聞きましたが、時代が変わろうとも制度が変わろうとも、いつでもどこでも誰にも三好さんは同じことをずっと言っています。そして、そんな三好さんが天下のNHKから、変わらない三好春樹イズムを発信し続けてくれました。私と同じようにに、三好さんの話を聞いて、「もう少し頑張ろう。」「なるほど~。なっとく~。」と思う人がたくさんいたことだと思います。

お願いです!
何のしばりもない?!三好さんが、現場で戦っている私たちの盾となって、これからも発信し続けてください。
本当に3年間ご苦労様でした。

--------------------------※ 関東病院 稲川利光
三好さん、土居さん
「なるほどなっとく介護」、3年間ほんとにお疲れ様でした。この番組を見て、どれだけ多くの方々が元気を掴んだことでしょうう。生きる勇気を得たことでしょう。偉大な功績に乾杯!です。よくしゃべる三好さん。黙っていても絵になる土居さん・・・絶妙なコンビでしたね。僕も出させてもらって、ほんとにありがたかったです。番組の中で、懸命に生きる方々の思いに触れ、大いに感動しました。ほんとにお疲れ様でした。

またどこかで一杯やりましょう!ちなみに余談ですが・・・ポン寿司に使う計量カップ、あの細長いタイプの計量カップですが、正月に帰省したら、博多のおふくろが20個ほど溜めていて、お土産にくれました。昨年の盆に帰省した時もくれました。
近所のスーパーで買う洗剤はあの細長タイプの計量カップがついた洗剤で、なぜか、うちのかみさんもそれを使うようになって、あの細長タイプの計量カップを溜めています。今、僕の机の引き出しには60個以上の細長タイプの計量カップがありますが、未だに、あの、感動のお寿司は作れていません。そのとき、が必要なのでしょう。

また、同名半盲の患者さん用のミラー帽子は「特許が取れるぞど!」とワクワクしました。番組の後、出演されたご夫婦にはご迷惑かと思いましたが、期待を込めて、ぜひ使っていただくようお送りしました。奥様からは「そううまくいきません、でもほんとにありがとう」と暖かな返事を頂きました。さらなる研究が必要です。
・・・いろんなことを学びました。三好さん、土居さん、ほんとにありがとう。これからも、よろしくお願いしますね。ではまた。

--------------------------※ 鶴舞乃城 高口光子
介護界のドラエモン 三好春樹さま
このたびは、なるほどなっとく介護のお仕事お疲れ様でした!
あのあきっぽい三好さんがなんと☆三年間も続けられたのですね!
介護現場の片スミで、”これでいいのかなぁ”・・・と悩んでいた介護職たちが
”あの三好さんがNHKで言ってる・やってるンだから!
きっと大丈夫!!よし、やってみよう!”と、どれだけ勇気をいただいたことでしょう
本当にありがとうございます

また、私自身も、あの三好さんがメイクさんと一緒に髪の毛ひとつとっても、少ないものを多く見せる・・・人知れない努力をしていることにあらためて人は努力だと教えられました
これからも、身体を大切にして現場の元気のためによろしくお願いします

介護界のトラサン 土居新幸様
三好さんの我がままにこれほど味わい深く今まで付き合うことのできた土居さん
このたびは慣れないTVなんて日のあたるお仕事お疲れ様でした
画面で見る土居さんのややうつむき加減のその横顔に介護の哲学を感じた人も多かった・・・かもしれません
なんといっても、芸能界広しといえども便器にあんなにもっともらしく座ることのできる人は土居さんをおいて私は見た事ありません
淋しがり屋の三好さんの友達は大変だと思いますが今日まで続けられたのは土居さんのおかげです
ぜひ、これからも寝返り・起き上り・便器にすわれば日本一!の土居さんでこれからもよろしく!

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