●「投降のススメ」
経済優先、いじめ蔓延の日本社会よ / 君たちは包囲されている / 悪業非道を悔いて投降する者は /
経済よりいのち、弱者最優先の / 介護の現場に集合せよ
(三好春樹)
●「武漢日記」より
「一つの国が文明国家であるかどうかの基準は、高層ビルが多いとか、クルマが疾走しているとか、武器が進んでいるとか、軍隊が強いとか、科学技術が発達しているとか、芸術が多彩とか、さらに、派手なイベントができるとか、花火が豪華絢爛とか、おカネの力で世界を豪遊し、世界中のものを買いあさるとか、決してそうしたことがすべてではない。基準はただ一つしかない、それは弱者に接する態度である」
(方方)
● 介護夜汰話
- List
地下水脈 近代的理念と日本の介護 ~ボランティア論争の深読み~
地下水脈 なんとも俗っぽい教祖たち
地下水脈 “情報収集”より“情報発信”
地下水脈 アンチ・ノーマライゼーション
地下水脈 自我が解体される心地よさ
地下水脈 ゛ためらい″が最大の問題点
地下水脈 『65点のケア、80点のケア』
- 1994 ~ 1993
-
- 1994.12月 近代的理念と日本の介護 ~ボランティア論争の深読み~
●10月のボランティアをめぐる討論についてふれたいそうですが。
あれは不思議な論争ですよね。村中さんがあれだけ苛立って訴えているのに、ほかのメンバーは、えっ何か問題なの、って感じでしよ。なかには「もっと我々にしてもらいたかったのか」というふうに、村中さんの主張とは逆に理解した人までいる訳です。
●村中さんの立てた論点に、他の人が乗ってきていないですよね。
乗る、乗らないの前に、ピンときていないんです。何を苛立っているのだろうという感じですよね。実はこういう構図の論争は、日本では何度もくり返されてきたと思うんです。
●遠藤先生は、リーダーという立場のせいではないかと言われていますが。
そうかもしれないけど、他にもリーダーさんはいたわけですしね。私としては少し、 ゛深読み″をしてみたいんです。 これは、明治以来、日本人の長年のテーマと同じ構図だと思います。漱石も鴎外これで悩んできたんです。 つまり、村中さんの側は「近代」なんですね。で、彼女が苛立っていて、なんとかしようと思っている対象が「日本的現実」なんです。
●うーむ、よく判らない(笑)。
近代というのは、「人間とは自立した個人でなくてはいけない」という理念から出発します。従って、人と人との関係は横の関係であって、神様でもメイドでもないんだ、と。
●村中さんの文章の中にありましたね。
特にボランティアなんてのは、そうした自立した個人が自ら自発性でもって参加する訳ですから、もう゛近代のカガミ″。(笑) ところが、その近代の典型、模範でなければならないボランティアが、実際の介護場面では゛没個人″になってしまう。
●それは、そうなるもんなんですか?
そうなるもんなんですよ、これが。(笑)介護現場に入りこんだ人なら判ると思うんですけど、いや、入り込んでいるとそれが普通だと思うから判らないかもしれないんだけど、これはもうありますね。村中さんが感じたのと同じ違和感を、私もかって感じたことがあります。でも、自分もやっぱりやってしまうんですよ。かなり抵抗したんですけどね。(笑)
●これじゃ゛個人″がないじゃないか、ということになるわけですね。
そう。それで「契約」なんて概念をもってきたらどうだ、なんてことになる訳です。でも無理だと思いますね。私たちはボランティアじゃなくて、職業として介護をしてきた訳です。
これはちゃんとした契約なんです。直接老人から給料をもらっているわけじゃないけれど、国を通しての契約関係ですよね。でも同じですね。しかも面白いのは、いいケアをやっている人ほど、周りから゛没個人″に見えるんです。
●「近代」の側から見れば、それは「前近代」としか見えませんよね。
そうなんです。だから変えなくちゃということになる。ところがそれは「前近代」じゃないんですよね。少なくとも「前近代」というだけでは捉えられない。そもそも、「近代」「前近代」という区分の仕方そのものが近代的発想なんですから。
●じゃ一体何でしょうね。
゛日本的介護状況″としかいいようがないんですけどね。文化が違うんですよ。「自立した個人」と「横の人間関係」という理念は、日本では完全に「建て前」でしかないんですよね。もっと違う原理で人と人との関係が成り立ってるんです。
例えば「日本的母性」なんてものを持ち出すと判りやすくなると思いますね。西欧の文化が厳しい父性社会であるのに対して、日本は甘えに寛大な母性社会だというのはよく言われていますよね。
「近代」の側から見れば、ベターっとくっついて過剰に見える介護は、実は「前近代」ではなくて「母性」という日本文化そのものなんじゃないでしょうか。西欧人が「自立」によって自己を確認するのに対して、日本人は母性的融合の中で自己を確認しているんですよ。だから「自己犠牲」なんて批判は当たっていないんです。
●すると村中さんの苛立ちは、日本文化への異議申し立てである、ということですか。
私の゛深読み″ではそうです。(笑)
●で、どうなんでしょう。こうした゛日本的介護状況″というのは、どうすればいいんでしょうか。
どうしなくてもいいんじゃないでしょうかね。(笑)と言うのも、明治以降「近代的個人」を日本人に移植しようとした試みは、ことごとく失敗していると思います。近代的知識と技術はいっぱい吸収したけれど、人間と人間関係は変わっていないでしょう。
●すると村中さんはどうすればいいんでしょう。
(笑)いや、村中さんに代表される近代の側、私たちもそういう教育を受けていますよね。その立場はどうなるのでしょうか。
「近代」という方法論でやれる領域はいっぱいあると思うんですよ。つまり、専門性とか、システムとか、契約的で合理的な人間関係の中でちゃんとできる仕事はあると思います。でも、あるところまでやると、そういうやり方ではどうにもならない、という現実にぶつかると思うんですね。
既成の専門性や科学ではどうにもならないというか、逆に、そうしたものが問題をよけいに深刻化してしまったというケ-スが出てくるんです。そうなったときに、それを解決しているのが゛日本的母性″だったりすることが多いんですよ。湧愛園だって誠和園だってそれを感じますね。そうした場では、近代はとても ゛母性″に勝てないんですよ。
●すると結論はどっちもあっていいということですかね。
うーん「近代」の側は、日本的状況にぶつかって一度挫折しなきゃいかん(笑)と思いますね。そして「近代」と「日本」をめぐって自分の中で葛藤すべきなんでしょうね。 ゛日本的母性″の側は、自己を表現する術を手に入れるべきでしょうね。
村中さんへの他の人たちからの反論はちょっと物足りなかったですね。もっとも、コトバをうまくあやつるのが近代人ですから、それは無駄な注文かもしれませんね。
●ひょっとしてこのインタビューの内容は高井さんの三好批判(30号参照)への反論の序章になっているじゃありません?
はい。構造的には同じだと思いますね。それについてはまた次号で。
- 1994.11月 なんとも俗っぽい教祖たち
「大阪おむつ外し学会」はすごかった。その参加者数も内容も、空前のものとなった。何の組織も持っていない者が、ただ現場の一人ひとりの内発性にのみ基づいて開く会としては最大のものではなかろうか。内容については、12月の広島のオムツ外し学会も負けてはいないが、規模は、広島の会場にはあれだけの人数は入れないから、おそらく、゛空前絶後″といってよかろう。
私自身にも、その゛空前絶後″が起こった。私は、午後9時にはベッドインするという健康的な生活を送っているのだが、学会の終わった日、大阪のスタッフたちと、午前1時半まで、カラオケボックスに行ってしまったのだ。
カラオケ嫌いの私がそんな所へ行ってしまったのはなぜか。その原因はその日の「打ちあげ」にある。 後片づけの後、運営委員会の人たちとの打ちあげの会が市内で持たれた。一人ひとりが感想を語るのだが、それが感動的だった。涙ぐむ人さえいる。大きな会をやりとげた後の満足感と解放感から、涙腺がゆるんだのかもしれないけれど、どうもそれだけではない。
「失語症ライブ」に参加した人たちが最も感動していた。病院で関わっていたケースが参加してくれて、目の前で伝い歩きができるようになったと見せてくれたというOTも泣き声だ。やはり、遠藤先生のやっていることはスゴイ!と再確認。
自分の仕事が変わった、と自らに感動している人がいるのはまだ判る。だが、自分の生き方まで変わったという人がいるのはどういうことか。生きていく自信がなかった人が、老人に関われる仕事に就き、この会の運営に参加して、ハタ目にも変わってきたという。
私は、他人との付き合い方は、できるだけドライにしようと心がけている。あまり個人的な事情には入り込まないし、自分も聞かせたりはしない。人生の諸々の事情は、たとえ耳に入ってきても、゛知らないふり″をしてつき合うのが近代人の礼儀だと考えている。
その私が、ついもらい泣きである。それでついつい、1時半までカラオケ、となってしまったのだが、一人ひとりの話を聞いていて、私たちの活動が回りから『新興宗教みたいだ』といわれてもしかたがないなあ、なんて考えていた。
断わっておくが、私自身は私たちの活動が ゛宗教的″になっていくのに手を貸したつもりは一度もない。むしろ、そうならないよう意識的にふるまっているつもりだ。お揃いのTシャツにだって若干の抵抗があるくらいだ。
「大阪おむつ外し学会」のスタッフもそうだ。特に代表を務めてもらった松本恵子さんは外から『宗教みたい』との批判をむしろ大事にして、学会の内容や運営が閉鎖的で権威的にならないよう気を配った、と語っていたくらいだ。
松本さんはタイプからしてそういう人で、1200人を越す参加者で満員の大ホールでの開会のあいさつに出ていくのにもまったく緊張がない。「ほな、行こか」という感じで舞台に出ていくのである。いくら人前でしゃべるのに慣れている保健婦とはいえ、こういう夕イプの人に「宗教的になれ」といっても無理な話である。
この間、スタッフをグイグイ引っ張ってきた小林早智子さんは、松本さんに言わせれば「ひとつのことにのめり込むタイプ」だそうである。そういう意味ではこの2人の絶妙のコンビが、学会を作りあげてきたのだが、その小林さんも、欺隔的なものに対する嗅覚の鋭い人で、この人も゛宗教的″なものには相入れない人だ。
にもかかわらず「打ちあげ」でこの雰囲気である。これは何か。実は「教祖」がいるのである。もちろん私なんかではない。老人が教祖なのだ。老人に関わるなかで私たちは変わる。゛やらされている″仕事が、゛やりたい″仕事に変わり、生きていくことの意味さえ見えてくる。
この「教祖」は何とも俗っぽい人間的な教祖で、それに関わることで介護職は明るくなり、変わっていくのである。 考えてみれば老人とは、生きていくことへの肯定感をずっと積み重ねてきた人たちである。老いても、障害を持っても、ひどい病院や施設の中にいても、なおかつ「生」への肯定を止めなかった人たちだ。その彼らから、私たちが゛生きる意志″を与えてもらっているのである。
ボランティアで介護の仕事をすることで、例えば犯罪者や不良少年が変わっていくのは、「自分が役に立ったという経験」であると言われてきた。だが、老人介護に関しては、もっと深いところにその意味があるのだということを、大阪おむつ外し学会のスタッフたちの話から私は気づかされたように思う。
その私は彼らから、「カラオケに興ずる自分」への肯定感をもらってしまった訳である
- 1994.10月 “情報収集”より“情報発信”
本誌26号のビデオ評の欄で、私か新聞をとっていない、と書いたことへの反応がいくつかあった。『あんなにいろいろ書いているので、よほど情報を集めているのかと思いました』と言われるのである。たしかに世の中ば情報社会″なんて言われている。
社会福祉協議会の一角に「情報センター」なんてのもあるし、なんでも、保健所までそうなるなんて話もある。しかし、情報ばかり集めてどうするのだ。大事なのは、情報を発することなのである。第一次情報は情報の中から生まれない。最初の情報は、地に足の着いた現場から生まれるのだ。
もちろん、、多くの情報を整理統合して新しい何かが見えてくることもあるにはあるだろう。しかしそれも、生きた現場に対する想像力の無い人に無理な話である。そもそも現場の私たちにはそんなひまなどない。そもそも新聞が発する情報なるものがどんなものか、身の回りにある老人ケアに関するルポにでも目を通してみればいい。
朝日新聞が老人病院のヘルパーに同行して書いたルポをごらんになっただろうか。かなりひどいケアをジャーナリスティックに告発しているのだが、現場のヘルパーから「こんなに時間に追われていて他に方法があるのか」なんて開き直られると、もう腰がひけているのである。
ジャーナリストも学者さんも評論家も、現場から出発しない。自分たちの理念から出発する。だから「人権が守られていない」なんて文句をつけるのだが、現場から「過酷な労働条件だから」と言われると沈黙してしまい、「制度政策が悪い」といつものパターンで政治問題化してしまうのである。
求められているのは方法論なのである。決して職員数を増やしたりすることではない。今のやり方で職員が増えれば、老人をダメにするケアが増えるだけなのだからどうにもならない。いま求められている情報は、新聞がとりあげたような老人病院のケアを、゛湧愛園″や゛誠和園″や、新聞の最終回で取り上げていた喜楽苑のようなケアに、つないでいく道すじを具体的に示すことなのである。
もちろん、ジャーナリストにそれができるはずもない。だが私たちはその方法論をもっているのだ。香川県の小豆島で老健施設の生活指導員をしている林倉さんのことは、「よい介護とはなにか」(医学書院)の最初に取り上げられているのでご存じの方も多いだろう。
彼が数年前に研修に呼ばれた特養ホームには、゛座敷牢″があったという。4人部屋の一角に木で作った゛囲い″があって、呆けの老人が閉じこめられていたそうだ。そうした状況に心を痛めていた看護婦と寮母が彼を呼んで研修会を開いたのである。
彼も、そして私たちも、それを見て「人権侵害だ」なんて声高に叫んだりはしない。゛囲い″はなくても、もっとスムーズに近代的に゛座敷牢″作っている所がいくらでもあるではないか。゛個室″も゛薬″もそうだ。むしろ、この゛囲い″のほうが素朴でいいとさえ思えるからだ。
再び林倉さんが呼ばれたときには、その゛囲い″はなくなっていたという。さらに、3回目には全員離床ししていたというからすごいではないか。外からの「人権侵害だ」なんて指摘は、現場の人たちを萎縮させるだけで、逆効果になるだけである。
いくらひどい状況でも、いやひどい状況だからこそ、その状況をいっしょに引き受け、他のやり方を具体的に示していくことこそ求められているのだ。ジャーナリストがどうしていいか判らないで「政治」の問題にしたり「まごころ」の問題にしたりしている間に、私たちは、食事、排泄、入浴をこうやればいい、ということを具体的に示し続けてきた。
情報を集めて事足れりという人たちと違って、老人の顔の見えてくるような発表や、自分の思いが伝わるような報告をし続けてきた。その゛情報発信″の場こそ、「オムツ外し学会」だった。今年の広島の会でも、31題の演題発表の枠を設けている。発表するのはもちろんこの文章を読んでいるあなただ。
新聞や専門誌からの情報に振り回され、最新の治療法なんかに飛びついたりしないで、古今東西を問わず普遍的な場である生活の場で、老人の顔を見、老人に表情を見られている私たちが、情報というより、゛情報の素″になるものを発信するのがこの会である。
データもいらない。ネクタイして来なくてもいい。具体的道すじとあなたの思いをもって広島へ。
- 1994.09月 アンチ・ノーマライゼーション
精神科の病院の研修会に呼ばれたことがある。私立の大きな病院である。病棟と病棟をつなぐ広い廊下には、食事を運ぶ職員やそれを手伝う患者、散歩から帰ってきた患者らが溢れている。だがもっと人が溢れているのは閉鎖病棟の中だ。
私を案内してくれる婦長に、女性の患者が2人、3人話しかけながらついて歩く。すごい人口密度だ。特養ホームの比ではない。おまけに長期入院患者のものと思える仏壇や風呂敷包みが部屋中にぎっしりある。いくつもある病棟を見回っている間に、私は奇妙な感覚になっていた。
そのすごい人口密度のなかには、看護婦や看護士、それに実習中の学生らも入っているのだが、それらスタッフと患者との区別がはっきりとしていない印象なのである。一般病院ならそんなことはない。入院患者と医師や看護婦の間には、明確に一線が引かれているし、それは外から見ているだけでもはっきり判る。
ところがここでは、患者とスタッフは混然、融解していて、その差が判然としないのだ。特別養護老人ホームと比べるとどうだろう。一般病院ほどではないが、特養でも、老人と職員の差ははっきりしているように思える。ま、こちらは、年齢の差という外見の違いがあるせいかもしれない。
その病院のスタッフはもちろん白衣である。したがって外見上は、患者さんとの違いは判るはずだ。でも私の目には、彼らはほとんど一体化してみえるのである。何だかこの一種独特の精神病院の雰囲気を、患者とスタッフが共犯になってつくり上げているかのようである。
あの、時が止まってしまっているような、また、「生きいきジャーナル」編集者の浜口正進氏に言わせれば『強い光もないが、影もない世界』である、あの雰囲気を患者と共に作っているのである。彼らスタッフが病院内で過ごすのは1日のうちの8時間に過ぎない。
だが、一般の世界と違った価値観の支配する空間での8時間が、スタッフの側にとっても、どこか、゛救い″になっているような気がするのである。ここの患者たちの入院期間は長い。それに負けないくらい、看護婦、看護士たちの勤務年数も長い。
夜の酒の席で彼らは「他の病院じゃとても勤まらないから」と笑うが、あの空間が、自分の生活、というより、人生の一部になってしまっているかのような印象を受けた。その時の私の奇妙な印象を、ある友人に話したことがある。すると彼が「お前だってそうだったじゃないか」と言うのである。
その彼は、私か特別養護老人ホームに勤めていた頃、宿直の晩に泊りに来たことがあり、私と老人とのやりとりを側で見ていて、同じような印象を受けたのだという。特養の老人と私たち職員が、あたかも別世界をつくり上げていて、それが、当時の私にとって、゛救い″であるかのように見えたという。
うーむ、そういえば、10以上もの職を転々としていた私が、なぜか特養にだけは腰を落ちつけてしまい、20年もの間、その世界から足が引けない理由も、あの精神病院のスタッフが病院をなかなか辞めないでいるのと同じものであるらしい。
子供たちの施設に住みこみ、寝食を共にしてきた人が定年を迎えて、施設から出ることになった。「やっと社会復帰だな」と回りからは言われたそうだ。だが ゛社会″に出てみると「社会なんかとっくになくなってしまった」と、氏は苦笑している。
「施設の社会化」だとか「ノーマライゼーション」などと言われて久しい。その主張はよく理解できる。施設を、せめて、社会一般の常識が通用する世界にせねばならないのは言うまでもない。だが、゛社会化″というときに想定されている゛社会″や ゛ノーマライゼーション″と言われるときの ゛ノーマル″の基準はどこにあるのだろうか。
実はそんなものはどこにもないのだ。または、閉鎖的なんて批判されることの多い精神病院や特養ホームのあの雰囲気もまた、゛社会″や ゛ノーマル″の基準の一つではないかと考えられる。少なくともあの世界があったっていい、と私は思う。ノーマライゼーションがあるなら、アンチ・ノーマライゼーションもあったっていい。
- 1994.08月 自我が解体される心地よさ
「新しい老人ケア・老人の生活リハビリ対話篇」と題する本を出版することができた。「後書き」にも書かせてもらったのだが、10人の対談者に共通しているのは、老いとのつきあいの中から生まれた楽天さ、である。
それは、この本だけでなく、この間、私たちの中から生まれてきた本の著書たちみんなに共通しているように思われる。しかし、一般には、老人問題について書かれた本には、暗くて深刻なものが多い。またそのほうが、老いの問題を゛社会問題化″したがるマスコミにも受けが良いから、深刻な告発型のものばかりが本屋に溢れることになる。
現場の人たちからもこうした本がいくつか書かれている。私は、それらの本の著者たちを、秘かに「倫理派」と呼んでいる。誰のどの本とは書かないが、読者は各自で思い浮かべながら読んでいただけるとよいと思う。
それらの本の特徴をいくつか挙げてみたい。まず、グチが多い。周囲の理解がない、世の中が遅れている、制度が悪い、社会が悪い……。次にお説教が多い。「老人ホーム職員は人権意識が低い」とご立腹である。特にこの人たちはコトバにこだわる。敬語を使え、などとおっしゃるのだ。
でもね、私の経験では、人というものは、敬語やていねい語を使いながら心の底から相手を認めていないという関わりもできるし、逆に「このクソババが困らせやがって」なんて乱暴なことを言いながら愛着いっぱいのケアをすることもあるのである。
もちろん愛着もなく乱暴で無神経なコトバだけが飛びかうのは困ったものである。だが、それを、乱暴で無神経なコトバが出てくる背景の無意識を問題にしないでコトバだけを変えろ、というのは大衆に対する抑圧に他ならない、と私は思う。
生活者としての職員は、専門用語ではなく生活の中のコトバを使う。私の目の前で、Wさんという寮母さんは、やっと立ち直りかけた右片マヒのOさんに向かって「あんたもこんなカタワになってしもうてかわいそうにのう」と言って私をあわてさせた。
だが私は、本で知った知識をタテにして、「カタワというのは差別用語だ」とWさんをお説教する気にはとてもならないのだ。嫌煙権を主張する一部の人たちへの違和感に近いと言えばいいだろうか。つまり、多少の煙に神経質になるほうがよほど健康に悪いじゃないか、と言いたいのだ。
コトバに神経質になって、ふつうの生活者のコトバを抑圧することのほうが、コトバで老人を傷つけることよりもっと老人をダメにするような気がするのである。もっとおおらかになればいいじゃないの。たかがコトバだよ。
「こんなコトバは使っていいかどうか」と意識的に老人に関わってるより、無意識に゛カタワ″なんて言ってしまう寮母のWさんのほうが老人には向いていると思いますけどね。事実、宿直の夜、老人数人が職員の評定をしているのを立ち聞きしたことがあるのだが、彼らは「やっぱりWさんが一番ええのう」と言うのである。
「そうそう、ケンカもできるしのう」なんて言ってる。うーむ、なるほど。福祉を一生の仕事にしようなんて思ってる倫理的な人より、自分たちと感じ方も生活感もほとんど同じようなWさんが一番なのだ。もっとも、イザという時にはWさんは役に立たない。
老人が呼吸困難になったなんてときにはWさんはハタハタするばかりだ。こんなときには倫理的な人や専門的な人はよく勉強していて適切な動きができる。だがそれは、仕事の分担に過ぎないのだ。ふだんはWさんのようなふつうのおばさん、イザというときは専門家、である。
もちろん、イザというときがないのがなによりだ。最後に彼ら「倫理派」の特徴は、自意識過剰であることだ。何しろ自分以外の回りの人間は意識が低くて世の中は遅れているのだから、良いケアができるのは自分(たち)しかいないと思っている。
確かに彼らはいい仕事をしている。頭のさがるような実践をしている人たちである。だが、ここのところが私か一番言いたいことなのだが、老人ケアの面白さとは、〈老い〉と関わることで、私たちの〈自我〉や〈自意識〉や〈専門性〉やく思想性〉が解体されていく心地良さのことなのである。
でも私には、彼らは逆を行っているように思えるのだ。「新しい老人ケア」の10人の面白さは、その心地良さにある、と思っている。ぜひ一読を。
- 1994.07月 ゛ためらい″が最大の問題点
私たちは、寝たきりを起こそうよ、と訴えてきた。寝たきりの95%は坐れるんだから車イスで散歩に出そうよ、と語ってきた。だが、この12年間、坐ったこともなく、20年間家から出たこともない、となるとどうだろう。ちょっと躊躇しないか。
しかも、その寝たきりの人は2階に住んでいて、狭くて急で、頭をぶつけてしまうような階段をクリアせねば外に出られないとしたらどうだろう。さらに、階段を降りきった所にある冷蔵庫のせいで、1人で通るときですら、体を横にせねばならず、横開きの玄関は狭くて車イスは通れないのである。
「これじゃあ、ちょっとねえ」と思わないか。大阪市生野区のAさんは、10歳の時脳腫瘍で手術を受け、しばらくは歩いていたものの20歳の頃からほぼ寝たきりという、現在40歳の男性である。顔は確かに40歳だが、10歳以降の社会経験が少ないためか、温かい家族に囲まれてきたからか、素直で、゛少年″といった雰囲気を感じさせる方である。
生野区では93年度に5回の「ふれあいの集い」を開催した。 92年度には、私と上野と下山という、生活リハ研のスタッフが、講演に呼ばれていたのだが、話を聞くだけでなく、実際に在宅の老人や障害者も参加してもらって、体操や遊びリテーションをやろう、ということになったのだ。
その最初に、何と38年ぶりに外に出た、という人がやってきた。若い時の精神障害で入院、退院したものの、家の中で坐位移動してきたために足が萎えてしまったという人だ。訪問PTがなんとか車イスに坐れるところまで頑張って、雨の降る中、100人もの集団の中に顔を見せたのだ。
しかも、手も足も動かし笑顔で゛ベンチサッカー″を楽しんだ。最初が゛38年ぶり″なのだから、゛10年″や゛20年″は何でもないと思えてくる。しかも、この場に関わった全員が、いわば゛ドラマ″に立ち会えるわけで、「ならあの人も」「あの婆さんも」と、2回め以降は障害者、老人が80人、ボランテア80人、家族や関係者含めて300人もの「ふれあいの集い」になっていくのである。
Aさんのお宅を訪問したのは、第4回の「ふれあいの集い」の日の午前中であった。私はこれまで、数えきれないくらいの在宅訪問をしたが、自転車での訪問は大阪市が初めてである。若い保健婦さんの先導で出かけるのだが、これが大変である。
なにしろ、赤信号は無視するわ、右側は走るわ…。ここでも保健婦さんのたくましさを実感するのであった。ベッドサイドにちゃんと坐れることは判ったものの、さすがにその日の午後の集いに参加してもらおう、とは思わなかった。なにしろ、あの階段、玄関、それに本人と家族の内心の躊躇を思うと、とても言いだせなかったのだ。
約1ヶ月後の5回めの集いが最後のチャンスである。本人とは参加を約束して帰ったものの、私の頭の中には、〈長期寝たきり〉〈階段〉〈冷蔵庫〉〈玄関〉〈家族の躊躇〉といった〈悪条件〉が重なって、本当にこの人を連れ出せるのかどうか、半信半疑だった。
さて、最後の集いの10日ほど前に、大阪の西成区で講演を頼まれ、その後に、阿倍野区で2ケースの訪問を依頼された。また自転車である。(うーむ、大阪の保健婦は、区は違っても性格は変わらないようだ)最初は97歳の女性、2件めが87歳の男性で、2人とも何とか車イスとイスに坐ることができた。
それだけでも大発見だったのだが、97歳のお婆さんの家で、もう1つ、私に決断を促すことがあった。この女性は脳卒中で倒れて入院したものの「家に帰る」とベッドからずり落ちてまで訴えたため、やむなく娘さんが退院させてきたという人だった。
それほど゛元気″だったというのに、退院後1年で手足の力は弱り、1人で起きあがることは無理に見えた。ただ、口は達者なのが救いであった。でも全介助すれば車イスに坐れる。坐ったものの、外に出ようにも玄関が狭く車イス幅に足りない。
やむなく私は、台所や、小さな庭を見てもらおうと、家の中をウロウロしていたのだが、園山さんという、私をここまで引っ張ってきた保健婦さんがこう言うのである。「玄関の戸を外せば出られますよ」と。初めて伺ったお宅の玄関の戸を外してしまうというのも非常識な話だが、そこは、これまで親身になって関わってきた保健婦さんたちと家族の信頼関係がモノを言う。
さっそく、戸を外して外へ出たものの、お婆さんは「寒い/」。確かに寒い。小雨まで降っている。そこですぐ家の中に引き返すことになるのだが、よく考えたら、あのAさんの家の玄関も同じ構造ではないか。躊躇しているのは私たちのほうなのである。
〈長期寝たきり〉〈狭くて急で天井の低い階段〉〈冷蔵庫〉〈玄関〉〈家族の躊躇〉……。「そうまでして」というためらいは私たちのほうにこそある。考えてみれば、いま列挙した〈悪条件〉は、1つ1つはどうということはないのである。
〈長期寝たきり〉に〈階段〉に〈冷蔵庫〉に〈玄関〉と、ズラリ並ぶから大変に感じるだけなのだ。 〈階段〉は、おんぶして後ろ向きに降りればいい。 〈冷蔵庫〉はちょっと移動すればすむ。ついでに掃除もできる。〈玄関〉は、戸を2枚共外してしまえばいい。
もちろん、〈長期寝たきり〉は、逆に、20年も寝たきりを続けられるほど、精神も身体も丈夫だと考えればいい。坐れるかどうかはいつも私か言ってるように「やってみる」より他には判らない。ベッドから足を垂らして坐ってもらうと、何の支えがなくても1人で坐っていられるではないか。
さすが、長期寝たきり者だけある。 〈家族の躊躇〉も、私たちの自信の無さと遠慮から生じている。ならば、自信と確信を持って、゛やってみる″より他ないではないか。幸い、フジ・サプライの福野さんが、ボランティアとしてAさんをおぶって階段を降りてくれるという。
主治医の先生まで立ち会ってくれるそうだ。こうして、多くの難関、特に最大の難関である私たちの躊躇を乗りこえて、この日も、1つの゛ドラマ″に立ち会うという幸せを体験できた。「集い」に参加してくれただけではない。同じ年代の障害を持った大だちとの交流もでき、その人の勧めで、電動車イスに乗ってみるという、私たちが考えてもいなかった新しい体験までしてしまったのだ。
おそらく彼は、ほんとうなら体験するはずだった「思春期」やら「青春期」の諸々を、いまから急速に取り戻していくに違いない。最初の一歩外に出れば、後は距離という量的問題であり、「花見」「カラオケ」はもちろん、ロンドンやニューヨークにまでつながっていくのだ、ということを、大田仁史先生が書いておられるではないか。(「生きいきジャーナル」通巻9号の投稿欄)
その最初の一歩のためには、いくら多くの人が関わってもいいのだ。「在宅ケア」「地域リハ」「生活リハ」と呼び方はいろいろあっても、私たちのやっていくことは、1人1人の障害者、老人の生活を実際に変えていくことだということを、再確認させられたのが、この間、大阪で起こっていることである。
「生きいきジャーナル」の取材でやってきた木村松夫さんが言う。『保健婦さんの動きがまるで違いますね』。そう、もちろんそれは、自転車の走らせ方だけではない。
※大阪でのこの間の実践は、「大阪おむつ外し学会」(7月30、31日)でも発表される。ぜひご参加を。
- 1994.05-06月 『65点のケア、80点のケア』
【10年間の変化をどう見るか】
●今年は、広島で「地域リハビリ研究会」が開かれて10年目に当ります。この会をきっかけにして、三好さんはフリーになることを決意され、さら安永道生さんが広島の病院から岡山県公衆衛生課に移られることになったと聞いています。
「生活リハビリ講座」を開催されて9年、この間、「遊びリテーション」や「生活リハビリ」は全国の多くの職域に広まってきました。その゛張本人″とも言うべき三好さん自身は、この9年、あるいは10年をどう評価されていますか。
9年前に広島と東京で40人ずつの受講者を募って講座を始めたとき、将来「オムツ外し学会」を開くのが夢でした。それが今年で4回め、しかも北海道から沖縄にまで増殖しています。まさに夢のようです。
しかも、ブリコラージュなんていう趣味的な名前の雑誌が、大手出版社の雑誌以上の部数も出ているというのも我ながら驚いています。 各地で開くセミナーに参加してくる人たちも変化してきました。
かつては、珍しい物でも見るように、つまり、過激なことを言う奴がいるらしいというので、恐い物見たさという感じ(笑い)で来ていたのですが、最近は、出張での参加が多くなりました。それだけ認知されてきたんでしょうね。
●そのぶん、こちらの過激さがなくなってきたということはありませんか。
あるかもしれません。私も齢ですから。(笑い)だんだん人間が丸くなっている。(笑い)顔も丸くなってますが。 ただ、過激が過激とは受け取られなくなったということがあると思います。例えば、7~8年前に私か老人病院の批判を口にしたのですかにあいつは医療関係者のくせに病院を批判した」と言って非難されたことがあります。
関係者こそ批判者になるべきなんで、この非難は二重の意味でおかしいのですが、今では老人病院の批判なんて誰でもやるようになってきました。そんなのは誰でも知っている、という訳です。 近代に対する批判だってそうです。
今では近代批判は「関口宏のサンデーモーニング」だってやっています。 だからといって、あえてもっと過激なことを言う必要はないと思います。(笑い)むしろ、老人病院のやり方や近代的方法論に代るものをちゃんと提出していけばいいのだと思っています
【思想はあくまで具体性で】
●なるほど。それが「介護覚え書」だったり、ビデオ「生活リハビリ研修シリーズ」だったりする訳ですね。両方とも具体的ですものね。三好ファンの中には、そうした具体的方法論よりも、そうしたものか出てくる思想のところを聞きたいという人も多いようですが。
私のほうもそれを表出したいという気持ちはあります。でもそれは現場にとっては抽象的なものでしかないですよね。ですから、思想とか人間観なんてものは、必ず具体的なやり方として提出していかないとだめだと思っているんです。逆に方法論のほうは、その背後にある人間観をいつも点検されないとダメだと思っています。
そもそも、私が語れる思想とか人間観、つまり哲学みたいなものは、たいしたことはないんです。つまり、既に語られたり書かれたりしているもののシロウト解釈にすぎません。私の役割りがあるとしたら、それをこの分野で具体的に語るということでしょう。
何しろ、医療も保健も福祉も遅れています。こうした新しい思想や哲学は、生き残っていかねばならない企業なんかではすぐに取り入れて行きます。商品開発でもそうですし、組織論でもそうです。それに比べるとこの世界は10年くらい遅れていると思います。科学の限界が語られてるときに、やっと「科学的でなきや」なんて言ってるくらいですからね。
●これだけ「生活リハビリ」が一般化してとまどっていることはありませんか?
さっきも話したように、出張で来る人が増えたんですよ。上の人も、三好春樹って聞いたことがあるんで行ってこい、という訳でしょうね。そうやって来た人が職場に帰って報告をしたらしいんですね。婦長らしき人から事務所に電話が入ったんです。。
「血液型によってケアに向く向かないなんて話をしたそうだが、科学的根拠のないことを言ってもらっちや困る」という抗議なんですね。これには笑ってしまいました。「笑って聞く話ってのがあるでしよ」って言ったんですけどね。彼女きっとA型ですよ。(笑い)
「特別講座」で私を呼んでくれた生活リハビリクラブにもこんな電話が入ったそうです。「研修会で領収証を出さないとは何事だ」と言うんだそうです。要求されれば出すんですけど「そんなもんじゃない」んだそうです。「あなたたちはこうした研修会に慣れていないから教えてあげるけど・‥」なんて説教されたって言います。
むこうが私たちのやり方に慣れてないんですけどね。どこかの事務長らしいんだけど、やっぱりA型でしょうね。(笑い) あ、こういう形で来る人が出てきたんだ、と思いましたね。こういう頭の固い人まで動かせるようになる、こういう人まで動かざるをえない、認めざるをえなくならないと、現場に定着することにはならないんだな、と思いますね。 そういう意味では喜んでます。でもちょっと面倒ですけどね。(笑い)
【「生活リハビリ」は主流になるか】
●果して「生活リハビリ」はこのまま主流になっていくと思いますか?
主流にはなれないだろうと思います。というのも、私たちがこの間やってきた実践も方法論も、それから活動スタイルも、現場の下っ端のものなんです。つまり、上に対する怨念や専門職や病院に対する恨みつらみが一杯あるんですね。(笑い)
こういうタイプが主流派になるとロクなことがない。(笑い)復讐に走ったりしますから。(笑い)だから主流派になってはいけない。やはり下で上の悪口言ってないと落ちつかないんですよ。 ただ方法論そのものは主流になっていくと思います。
もっと若い世代で、下っ端として苦労した経験のない頭のいい人が、私たちの方法論を体系化し教科書にする、つまり、近代の方法論の一部として位置づけるということをやるだろうと思います。 私たちは今さら、近代だとか権威の中に入っていくには根性がひねくれてしまったので、どこか隅のほうで皮肉を言ってるんじゃないでしょうか。
●「あの排泄ケアは俺達が最初にやり出したんだ」とか言いながら。(笑い)
それはちょっと悲しいものがありますね。そのへんは役割分担とちゃんと割り切って、また別の前線で試行錯誤していたいもんですけどね。
●確かに方法論は急に広まっていますね。でもどうなんでしょうね。よく三好さんか言ってる「寝たきり老人か座ったきり老人になっただけ」といった状況も多いんじゃないでしょうか。坐って食べればそれでいい、坐って出せばそれでいいといったところが増えていくんじゃないでしょうか。方法論だけが広まっていくと。
【あくまで“下つ端の論理”】
全員食堂で食事しています、という施設でもその介助場面を見ていると、ただ一方的にやっているという所は多いですね。確かに形は変わってるけど、私たちが求めてきたものとは全く違うものだということは多いと思います。
特に「園長三好ファンで職員迷惑」(笑い)なんて言ってるんですけど、上が私の本を読んでケア方針を立てるんだけど、下の自発性がついていけなくて労働過重にしかなってないってところが出てきましたね。
私たちのやり方は、「老人のために」なんていう倫理的なものとして捉えられてることが多くて、こうした施設でも、下のほうとしては「老人のためだから」という理由で新しいケアをやらされるという感じになっているんですね。
でも、排泄でも入浴でも、私たちが提起しているのは、そのほうが職員にも楽だからなんですね。労働としては大変だけど老人のためだからやろう、というのではないはずなんです。「職員も楽だし老人にもいいから」というものしか提起してないんですよ。それは。 ゛下っ端の論理″としては当然なんです。そうでないと現場に定着しないということは肌身で知ってますからね。
【1週間「80点」になれるか】
●倫理で動くのはダメつてことですか?
ダメっていう訳じゃないけど…。施設を作ったなんて人はそれでもいいですよ。自分の財産投げうって施設作ったなんて人は倫理的かもしれません。それだって、要するに余裕があっていいカッコしたかったんだろう、と言われればそれまでですけどね。
現場の人で倫理で動く人が何割います?大半は生活のためにこの仕事をしているんです。だから、その生活者の論理で納得できないと定着することはないと思いますね。 私は世間一般の倫理が平均60点だとすると、福祉や医療関係者の倫理は65点でいいと思っているんです。
そりゃ、80点や90点になれば老人は助かるんですけど、世間一般の水準が60点なのに、例えばある老人ホームだけ80点にしようというのは無理だと思うんです。施設も病院も世間の一部ですから、その水準は大きくは越えられないですよ。太平洋の水位が一定なのに、瀬戸内海だけ高くしようとしても無理なようにです。
それを80点、90点にしようと思うと、絶対に、欺隔が生じると思います。現在の職員の定員なら絶対にそうなります。管理するか倫理を押しつけるかになるでしょう。 ただよくある生協病院かなんかで、同じ党派に属している人やシンパの人ばかりを職員にしたり、キリスト教の人ばかりを職員にしてやってる所ではできるかもしれません。
でもそれは普遍性がないと思います。ふつうの生活者が集まってできないと話にはならないんです。 ただ、ここが肝心のところなんですけれど、65点でいいんだけど、ある1人の老人が寝たきりになるかどうかという瀬戸際のときに、短期間でいいから80点とか90点の倫理性が発揮できるということが大切だと思うんです。
80点をずーっと、全ての老人にやるのはとても無理だ、欺隔だ。でも、1人の危機的状況の老人に対して1週間80点の倫理を維持することができないだろうか、と思うんです。 これのできた所がいいケアと呼ばれていると思いますね。 1週間頑張って、もちろん1週間でも2週間でもいいんだけど、1週間なんてのは施設や病院なんかの凝縮した関係世間の時間単位ですね。
地域だと1ヶ月とか2ヶ月になると思いますが、老人が危機を脱したらまた65点に戻る。そしてまた他のケースが危機になれば、そこに80点でアプローチする、といった具合です。 その、80点にいつでもなれるということがちゃんと保証されていることが大切だと思います。
ですから、よく「三好さんの話を聞くと元気が出る。でも1週間くらいしかもたなくて」(笑い)という声をよく聞くんですけど、それでいいと思うんですよ。そういう人は、いわば〈外〉からの刺激によって゛80点″になれる人だということです。だとしたら、老人の危機を前にして゛80点″になれないはずはないだろうと思うんですよ。
【1人でできることっていっぱいある】
●それが個別ケア、三好さんの表現でいえば ゛特別扱い″ってことなんでしょうね。でも管理的な職場で、60点を強制されるという所も多いでしょう?
上よりも現場が足を引っ張るんですね。1人1人の倫理性も違うし、老人への思い入れも違いますしね。でも1人でできることっていっぱいあるんですよ。足を引っ張られながらでもね。気になってる人に声をかけたりスキンシップしたり、1人がするだけで違いますよね。そういう人が2~3人いれば、これはもう75点くらい行くと思いますね。
【もっとうまい管理を】
●それにしても管理的な職場で悩んでる人が多いですけど、あれはどうにかならないもんでしょうか。
人間にはみんな管理欲とか支配欲があるんだろうと思います。ですから、管理に批判的だった人が管理職になるとやっぱり同じように管理的になるなんてことも多いですね。 上の管理欲、支配欲に、下の被管理欲求、つまり、責任を取りたくない、ということがミックスして管理的職場ができあがる訳です。
管理そのものが悪いんじゃないと思いますね。ただ、下手な管理と上手な管理があるんじゃないですかね。一番うまい管理っていうのは1人1人の自己管理能力を引き出すことだろうと思います。 これは職場も老人もいっしょでしょう。
北海道の湧愛園でも、所持金をどんどん老人に持たせるようにしていく誠和園でも、それがうまく行ってますよね。 それと同じで、上の人も現場にどんどん任せればいいんです。今年の研修予算はこれだけだから現場でどんな研修に行きたいか自由にやれとか、介護用品の予算はこれだけだから必要な物を自分達で決めて値切って購入しろとかね。
1年めや2年めは失敗覚悟でやってみるんですよ。上の人が必要もない高価な物を勝手に買うよりはいいですよ。 逆に現場から言うとこれは大変です。任されると責任がありますし、1人1人言うことは違うし、結局上に決めてもらったほうが楽だなんてことになったりするんです。それじゃダメですよね。
現場で決めるということになったとき、上が管理するのと少しでも違ったやり方、違った内容になるだけの保証が果してあるのか、ということが問われてるんです。 「生活リハビリクラブ」や「宅老所よりあい」に見学研修に行く意味はそれを学びに行くことでもあると思いますね。
「デイセンターみさと」で感じたことなんですが、老人の顔を見ている人がその人へのケアを決めていくということの健全さが、田部井さんがやり続けてきた大きな根拠だと思いました。管理職のいない職場の解放感と責任感を感じるんですね。 老人の顔を見てなくて、机の上の書類だけで老人の運命を決めてしまうようなやり方では、老人も職員もかなわないだろうと思いますね。
【宗教的になったってかまわないよ】
●最後の質問ですが、先ほどの、食事や排泄の方法論だけが伝わっているんじゃないかという問題とも重なると思うんですが、あんまりブームがすごくて、なんか宗教みたいになってるんじゃないかという気がするんですか、その点はどうですか。
まず方法論という形だけが先行してはいないか、という点ですけれど、これはこれでしょうがないと思いますね。目に見えないものより目に見えるもののほうが波及力は強いですから。 でもその゛形″が、目に見えないものを変えていくと思うんですよ。
例えば、例の「天ぷら揚げ器」(=特殊浴槽)で年中入浴している老人を見てるのと、生活リハ式のお風呂に入っている老人を見てるのでは、同じように一方的ケアしていたとしても、自ずから見る目は違ってきますよ。 だから、目に見えるものはどんどん波及していけばいいと思いますね。
もう1つ、宗教みたいになってるじゃないかということですが、これもそれでいいんじゃないかと思っています。 何か新しいことをやろうとしたら、ある種のカリスマ性がなければとても無理だと思います。
問題は、そうした新興宗教に引きつけられるような形で入ってくる人たち、つまり別の形の被支配欲求だと思うんですけど、そういう心理構造を裏切っていく内容をこちらが持っているかどうかだと思います。 私たちの持っている方法論や人間観は、そうした没主体的な心理とは相容れないものになっているはずなんですがね。
例えば、オムツ外し学会の運営なんかもそうです。飾り物はいっさいないとか、領収証は必要な人が自分で記入するとか、そういうやり方というのは、権威に従いたいという夕イプの人たちを裏切っていこうという運営だと思うんですね。それほど意識的にやってる訳でもないですけど。
もっともそうした運営の仕方そのものがまた「権威」になってしまうということもありますから、その形にこだわるつもりはないんですけれど。 ま、そういうタイプの人は放っておけば、どっかの変な新興宗教にのめり込んでお金を貢がされたりするんですよ。どうせそうなるんなら「生活リハビリ」に来たほうがいいですよ。(笑い)よほど健全ですよ。 こちらのほうが。金もかからないし。(笑い)
三好春樹インタビュー・完
※感想を編集部までお寄せドさい。

